ワルインゲ中山
ケニアのボクサー (1945-2022)
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来歴
アマチュア時代
母国ケニアではアマチュアエリートとして鳴らし、1964年東京オリンピックに出場。1968年メキシコシティーオリンピックでは銅メダルながらヴァル・バーカー・トロフィー(大会最優秀選手)を獲得。1972年ミュンヘンオリンピックでも銀メダルを獲得した。
日本でプロ転向
フェザー級
1973年に来日し、大阪の神林ジムでプロ転向。
A級ライセンス取得後の1973年7月27日、元日本フェザー級王者進藤公雄との8回戦でプロデビュー戦を行い、判定勝利を収めた。この後から10回戦を戦ったが、2戦目は東洋ランカーのジョー・マロンゾに6回TKO負け、3戦目は牛若丸原田に判定負けを喫し、5戦目までは負け越しとなった。
スーパーバンタム級
1975年4月7日、日本スーパーバンタム級王者江藤清一を下しプロ初タイトル獲得。同年6月27日、世界挑戦の決まっていた日本バンタム級王者沼田久美とのノンタイトル10回戦に判定勝利を収めた。
1976年4月3日、パナマにて世界王座初挑戦。WBC世界スーパーバンタム級王座決定戦でリゴベルト・リアスコと対戦し、8回終了時に棄権した為TKO負けを喫し王座を獲得出来なかった[1]。
一方、日本王座は4度防衛。
バンタム級
同年11月13日、メキシコでWBC世界バンタム級王者のカルロス・サラテと対戦し、4回KO負け[1]。
1977年1月30日、笠原優に2回KO負けを喫し日本王座陥落。7月16日に再戦を行うも9回KO負け。
引退
獲得タイトル
- 第10代日本スーパーバンタム級王座(防衛4)