ワルター・バリリ

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ワルター・バリリ(Walter Barylli [baˈrʏli][1]バリュリ, 1921年6月16日 - 2022年2月1日[2][3] )は、オーストリア出身のヴァイオリニスト

生誕 (1921-06-16) 1921年6月16日
死没 (2022-02-01) 2022年2月1日(100歳没)
概要 ワルター・バリリ, 基本情報 ...
ワルター・バリリ
1957年12月10日、東京国際空港
基本情報
生誕 (1921-06-16) 1921年6月16日
出身地  オーストリアウィーン
死没 (2022-02-01) 2022年2月1日(100歳没)
学歴 ウィーン音楽アカデミー
ジャンル クラシック音楽
職業 ヴァイオリニスト
担当楽器 ヴァイオリン
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経歴

ウィーンに生まれ、ウィーン音楽アカデミーフランツ・マイレッカー英語版に師事。ミュンヘンフロリツェル・フォン・ロイター英語版の指導も受けた。1936年にミュンヘンでデビューを飾り、1938年9月1日にウィーン国立歌劇場管弦楽団に入団し、同年11月1日にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団に入団、1939年には同団のコンサートマスターに昇格した。1945年からはバリリ弦楽四重奏団を結成し、1959年に右肘を痛めるまで活動を継続した。四重奏団活動停止後もコンサートマスターとしての勤務を継続する。1966年から1969年まではウィーン・フィルハーモニーの楽団長を務めた。1972年9月1日に退職。1969年以降はウィーン市立音楽院で後進の指導に当たっている。

独奏者として引退し、運営面に移った後もオーケストラの後方の席で演奏に加わる事もあり、複数回の来日公演も果たしている。 2021年には矍鑠として100歳の誕生日を祝った。

息子はオーストリアの俳優劇作家ガブリエル・バリリ[4]

著書

  • 『ウィーン・フィルとともに ワルター・バリリ回想録』岡本和子訳、音楽之友社、2012年。

脚注

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