ワレンティナ・エゴロワ
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1992年バルセロナオリンピックは、当時のソビエト連邦崩壊によりEUN代表として出場する。レース中盤でエゴロワは集団から抜け出して一旦はトップに躍り出るものの、レース後半の35km過ぎに有森裕子に追いつかれると、その後モンジュイックの丘へ駆け上がる急激な登り坂で、二人は壮絶なデッドヒートを演じた。陸上競技場へ入る直前、エゴロワが残り1km付近でのラストスパートで有森を引き離して、有森とはわずか8秒の差で見事に優勝して金メダルを獲得した。
1996年アトランタオリンピックは、ロシア代表として出場。中間点手前で飛び出し独走となったファツマ・ロバについていかず、2位集団で有森裕子らと集団待機となる。30kmで有森がスパートすると、エゴロワも間もなくして集団を抜け出し、その後有森をかわしたものの、結局金メダル獲得のロバに追いつく事は出来なかった。惜しくもエゴロワの五輪連覇はならなかったが2位に入り、五輪二大会連続メダルとなる銀メダルを獲得した。
2000年シドニーオリンピックにもロシア代表で出場したが、既に全盛期を過ぎた事も有り、メダル・入賞争いには殆ど加われないまま途中棄権に終わった。