ヴァシーリー・ミハイロヴィチ
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| ヴァシーリー・ミハイロヴィチ Василий Михаилович | |
|---|---|
| トヴェリ大公 | |
|
ヴァシーリー・ミハイロヴィチの死 | |
| 在位 | 1349年 - 1368年 |
| 出生 |
1304年頃 |
| 死去 |
1368年 カシン |
| 配偶者 | エレーナ・イヴァノヴナ |
| 子女 |
ヴァシーリー ミハイル |
| 家名 | リューリク家 |
| 父親 | ウラジーミル大公ミハイル・ヤロスラヴィチ |
| 母親 | アンナ・ドミトリエヴナ |
ヴァシーリー・ミハイロヴィチ(ロシア語: Василий Михаилович, 1304年頃 - 1368年)は、トヴェリ大公(在位:1349年 - 1368年)、父はウラジーミル大公にしてトヴェリ大公のミハイル・ヤロスラヴィチ、母はロストフ公の娘アンナ・ドミトリエヴナ。ブリャンスク公女エレーナ(イヴァン・アレクサンドロヴィチの娘)との間に息子ヴァシーリーとミハイルがいる。
トヴェリ公国はこの頃から兄弟公の間で分割され、その各々が分領(カシン、ホルム、ミクリン、ドロゴブシ)を形成し始める。その結果、13世紀後半、また14世紀初頭ほどの大きな役割をロシア史において演じることがなくなっていく。