ヴィクター・スペンサー (初代チャーチル子爵)
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| 初代チャーチル子爵 ヴィクター・スペンサー Victor Spencer, 1st Viscount Churchill | |
|---|---|
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レズリー・ウォードが1904年に描いたチャーチル子爵 | |
| 生年月日 | 1864年10月23日 |
| 出生地 |
ロンドン アルベマール・ストリート |
| 没年月日 | 1934年1月3日(69歳没) |
| 出身校 | サンドハースト王立軍事大学 |
| 所属政党 | 保守党 |
| 称号 |
ロイヤル・ヴィクトリア勲章ナイト・グランド・クロス章 治安判事 |
| 配偶者 |
ヴェリーナ・モード・ラウザー クリスティーン・マックレイ・シンクレア |
| 内閣 |
第2次ソールズベリー侯爵内閣 第4次ソールズベリー侯爵内閣 第5次ソールズベリー侯爵内閣 バルフォア内閣 |
| 在任期間 |
1889年 - 1892年 1895年 - 1905年 |
| 国王 |
ヴィクトリア エドワード7世 |
初代チャーチル子爵ヴィクター・アルバート・フランシス・チャールズ・スペンサー(英語: Victor Albert Francis Charles Spencer, 1st Viscount Churchill, GCVO, JP 1864年10月23日 - 1934年1月3日)は、イギリスの貴族。父からチャーチル男爵位を継承した1886年から、子爵に叙された1902年まではチャーチル卿(The Lord Churchill)と名乗った。
第2代チャーチル男爵とジェーン・カニンガムとの一人息子として生まれた[1]。母ジェーンは第2代カニンガム侯爵フランシス・カニンガムの長女として生まれ、46年間にわたってヴィクトリア女王の寝室女官をしていた人物である。ヴィクター自身も1876年から1881年まで女王の名誉小姓を務めた[1]。
イートン校を経てサンドハースト王立軍事大学を卒業。近衛コールドストリーム連隊に入隊[2]。軍人としての最終階級は陸軍少佐。
官職の面では第一次ソールズベリー侯爵内閣及び第二次ソールズベリー侯爵内閣下で侍従たる議員を務めている[1]。1900年から翌年にかけては宮廷職の猟犬管理長官の職にあった[1]。1901年の同職廃止後は、同じ職掌のアスコット競馬場の国王陛下名代に転じている[3]。
1902年戴冠式叙勲でカウンティ・オブ・レスターにおけるロールストンのチャーチル子爵の創設が発表され[4]、同年7月15日に叙爵された[5]。
以後グレート・ウェスタン鉄道やイギリス領インド蒸気船会社、P&O、グランド・ユニオン運河など輸送系企業の取締役会長や取締役を務めた[6][7]。1934年に肺炎で死去した[2]。爵位は同名の息子ヴィクターが継承した[1]。