ヴィクトリアパーク (競走馬)
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| ヴィクトリアパーク | |
|---|---|
| 欧字表記 | Victoria Park |
| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 牡 |
| 毛色 | 鹿毛 |
| 生誕 | 1957年 |
| 死没 | 1985年(28歳没) |
| 父 | Chop Chop |
| 母 | Victoriana |
| 母の父 | Windfields |
| 生国 |
|
| 生産者 | Windfields Farm |
| 馬主 | E.P. Taylor |
| 調教師 | Horatio Luro |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 19戦10勝 |
ヴィクトリアパーク (Victoria Park) とはカナダ生まれの競走馬および種牡馬である。競走馬時代に1960年度のカナダ年度代表馬をはじめ、3つの年度表彰[1]を受賞。1976年カナダ競馬名誉の殿堂入り。半妹に1965年のカナダ最優秀3歳牝馬Northern Queen(父Nearctic)、甥にヴァイスリーガル、ヴァイスリージェント兄弟がいる。
カナダの大馬産家エドワード・プランケット・テイラーの生産馬。2歳時にそれぞれ芝とダートのカナダ2歳王者決定戦・コロネーションフューチュリティステークスとカップアンドソーサーステークスを制し、カナダ最優秀2歳牡馬に選出。3歳時にはアメリカに遠征し、ケンタッキーダービーで3着、プリークネスステークス2着と健闘した。カナダに戻った後は同地のダービーに当たるクイーンズプレートをレコードタイムで制し、この年のカナダ年度代表馬および最優秀3歳牡馬に選出された。19戦10勝・うち重賞6勝という成績を残し、3歳をもって競走馬を引退。故郷ウインドフィールズファームで種牡馬となった。
種牡馬入り後は、1970年から1972年まで3年連続でクイーンズプレート優勝馬を輩出するなど活躍したが、それ以上にブルードメアサイアーとして大きな実績を残し、エプソムダービー、アイリッシュダービー、キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスを制し種牡馬としても活躍したザミンストレルや、フォレ賞の優勝馬で日本で10度のリーディングサイアーを獲得したノーザンテーストなどに影響を与えている。ザミンストレルが大活躍した1977年にはイギリス、アイルランドでリーディングブルードメアサイアーを獲得。これらの功績が認められ、カナダ競馬の殿堂入りを果たしている。
ヴィクトリアパークは1985年に死亡、その遺骸はウインドフィールズファームに埋葬されている。
カナダでは1988年以降、ヴィクトリアパークステークスが設けられたが、その名称はこの馬から採られたものである。
主な産駒
現在のG1競走およびカナダ三冠戦[2]の優勝馬のみ記載。年度表彰は全てカナダのもの。
- Victorian Era(1962年生 プリンスオブウェールズステークスなど重賞9勝、種牡馬)
- 1966年年度代表馬
- Solometeor(1965年生 カナディアンオークスなど重賞2勝)
- Almoner(1967年生 クイーンズプレート、プリンスオブウェールズステークス)
- Kennedy Road(1968年生 クイーンズプレート、カップアンドソーサーステークス、ハリウッドゴールドカップなど重賞9勝)
- 1970年最優秀2歳牡馬、1971年最優秀3歳牡馬、1972年年度代表馬、最優秀古牡馬、1973年最優秀古牡馬
- Victoria Song(クイーンズプレート)
- 母の父としての主な産駒
※記載競走はG1競走。
- ノーザンテースト(1971年生 フォレ賞)
- greek answer(1972年生 アーリントンワシントンフューチュリティ)
- Giboulee(1974年生 コロネーションフューチュリティステークス)
- The Minstrel(1974年生 デューハーストステークス、エプソムダービー、アイリッシュダービー、キングジョージ)
- パークリージェント(1981年生 カップアンドソーサーステークス)
- ジャッジアンジェルーチ(1983年生 カリフォルニアンステークス、サンアントニオハンデキャップ、マーヴィンリロイステークス)
- Bold Executive(1984年生 コロネーションフューチュリティステークス)
- War(1984年生 ブルーグラスステークス)
※上記の馬はすべて種牡馬入りしている。