1965年、コパカバーナのクラブ「Clube de Jazz e Bossa」でプロデビュー。翌年の1966年、新興レーベルのフォルマから、デビューアルバム「Desenhos」を発表[4]。1968年には2作目のアルバム「Trajeto」をEquipeレーベルから発表した。
1969年、アメリカにあるバークリー音楽大学へ入学するための奨学金を得て渡米。1970年夏、ブラジルへ一時帰国。古巣のフォルマレーベルを主宰していたホベルト・クアルチンのプロデュースのもと、アントニオ・カルロス・ジョビンの作品集と自作曲を録音。前者は「Vitor Assis Brasil toca Tom Jobim」という題名で[3]クアルチンが主宰する「Quartin」レーベルから発売されたが、後者は録音から数年経ってからタペカールレコードから「Esperanto」の題名で発売された[5]。
1973年にブラジルへ帰国[2]。1974年、ブラジル音楽院の教師を務めた[2]。同年、テアトロ・ダ・ガレリア(Teatro Da Galeria)で行ったコンサートの様子を収めたアルバム「Victor Assis Brasil」を発表。1979年からはEMIと契約し、アルバム「Victor Assis Brasil Quinteto」(1979年)と「Pedrinho」(1980年)を発表した。