ヴィルヘルム・バルマー

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ヴィルヘルム・バルマー
Wilhelm Balmer
左端がバルマー
生誕 1865年6月18日
スイスの旗 スイスバーゼル
死没 1922年3月1日
スイスの旗 スイス、Bolligen
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アルベルト・ヴェルティの後を受けて完成させたスイス全州議会の壁画

ヴィルヘルム・バルマー(Paul Friedrich Wilhelm Balmer、1865年6月18日 - 1922年3月1日)はスイスの画家である。

スイスのバーゼルで生まれた。父親はバーゼルの大学教授で、原子の線スペクトルの波長にに現れる関係式(バルマーの公式)を提案した数学者のヨハン・ヤコブ・バルマーである。同名の叔父、ヴィルヘルム・バルマー(1837-1907)といとこのヴィルヘルム・フリードリヒ・バルマー(1872-1943)は画家であった。

バーゼルで学校を卒業した後、建築家を目指していたが、バーゼルの美術学校で、フリッツ・シダーに学び、画家のエルンスト・シュトゥッケルベルクに勧められて画家の道に転じた。1884年から1889年までミュンヘン美術院ルートヴィヒ・フォン・レフツに学んだ[1]。ミュンヘンでは多くの画家と交流した。 卒業後は、パリやオランダ、ロンドン、ローマへ旅した。バーゼル近くのBöcktenの学校で絵画教師も務め、壁画画家として知られるエミリオ・ミューラーを教えた。ブルターニュのル・アーヴルを旅した時に結婚相手に出会い、1892年にバーゼルに戻った後、1893年に結婚した。バゼールでは肖像画家として働き、市庁舎などの壁画も描いた。

1902年から1908年はフィレンツェやスペインで活動し、1908年からはベルンで活動し、1914年には1912年に亡くなったアルベルト・ヴェルティが5面のうち2面を未完のまま残した、スイス全州議会会議室の壁画「Die Landesgemeinde」を完成させた。

作品

脚注

参考文献

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