ヴィルヘルム・フォン・シュピッツェンベルク
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ヴィルヘルム・フーゴー・フォン・シュピッツェンベルク(Freiherr Wilhelm Hugo von Spitzemberg, 1825年1月19日 シュトゥットガルト[1] - 1888年9月4日 ヴァイセンブルク・イン・バイエルン)は、南独ヴュルテンベルク王国の軍人・廷臣。男爵。
ヴュルテンベルクの陸軍中将・宮廷侍従長・狩猟長官の地位にあったフランツ・クサーヴァー・フォン・シュピッツェンベルク男爵[1]とその妻の男爵令嬢エリーザベト・フォン・マッセンバッハの間の長男。シュピッツェンベルク家は元々ロレーヌ公国のサン=ディエ=デ=ヴォージュを本拠とする貴族家門だった。1歳年下の弟カール・フォン・シュピッツェンベルクは有能な外交官でヴュルテンベルクの駐スイス大使・駐ロシア大使・駐プロイセン大使を歴任[2]、その妻のヒルデガルト・フォン・シュピッツェンベルクはベルリン社交界を代表するサロニエールとなり[3]、弟夫婦の息子ローター・フーゴー・フォン・シュピッツェンベルクはドイツ皇后アウグステ・ヴィクトリアに侍従として仕えた[4]。
ヴィルヘルム自身もヴュルテンベルクの軍人・廷臣として経歴を重ね、宮廷侍従そして陸軍少将に至った[5]。彼は若い頃、その生涯に多くの同性の恋人を持ったヴュルテンベルク王カール1世(在位1864年 - 1891年[6])にとって最初の「親密」で長く続いた「心からの友情」の対象となったと言われ[7][2]、王に高級副官として近侍し続けた。