ヴィンセント・バーバー

From Wikipedia, the free encyclopedia

ヴィンセント・バーバー画「スタッフォードシャー池から見たアストン・ホールの風景」(1808年 - 1838年ごろ)、水彩

ジョセフ・ヴィンセント・バーバー(Joseph Vincent Barber、1788年 - 1838年)はヴィンセント・バーバー(Vincent Barber)としてその名が知られる[1]、イングランド出身の風景画家および美術教師である。

画家や図画教師に従事していたジョセフ・バーバーの息子として、イングランドのウェスト・ミッドランズ州バーミンガムで生を受けた彼は、父親が亡くなった1811年に父親が創設したグレード・チャールズ・ストリートにある絵画アカデミーの運営を引き継いだ。絵画アカデミーにおけるヴィンセント・バーバーが受け持った生徒にはトマス・クレスウィック英語版ジェームス・ティビッツ・ウィルモアトーマス・ベイカー英語版ピーター・ホリンズ英語版などがいる[2]

1809年、兄のチャールズ・バーバーと父親の元教え子のサミュエル・ラインズ英語版とともに人体デッサン英語版専門の本格的なアカデミーを設立し、最終的に王立バーミンガム芸術家協会バーミンガム芸術学校英語版へと発展していくことになる[3]

主に風景画を描いてきたバーバーは1812年から1830年にかけて王立芸術院に作品を出品していた[4]。1837年に画家を引退しイタリアを旅していたが、その最中の翌1838年にローママラリアを発症し没した[5]

Related Articles

Wikiwand AI