ヴィンチェンツォ・イタリアーノ
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パドヴァでのイタリアーノ (2011年) | ||||||
| 名前 | ||||||
| ラテン文字 | Vincenzo Italiano | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1977年12月10日(47歳) | |||||
| 出身地 | カールスルーエ | |||||
| 身長 | 176cm | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | MF | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| ユース | ||||||
| -1993 |
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| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 1993-1994 |
| 6 | (0) | |||
| 1994-1996 |
| 7 | (0) | |||
| 1996-2005 |
| 196 | (21) | |||
| 2005 |
| 9 | (0) | |||
| 2005-2007 |
| 52 | (3) | |||
| 2007-2009 |
| 72 | (9) | |||
| 2009-2012 |
| 79 | (9) | |||
| 2012-2013 |
| 2 | (0) | |||
| 2013-2014 |
| 11 | (0) | |||
| 通算 | 410 | (40) | ||||
| 監督歴 | ||||||
| 2014 |
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| 2015-2016 |
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| 2016-2017 |
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| 2017 |
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| 2017-2018 |
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| 2018-2019 |
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| 2019-2021 |
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| 2021-2024 |
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| 2024- |
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1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
ヴィンチェンツォ・イタリアーノ(Vincenzo Italiano、1977年12月10日 - )は、ドイツ・カールスルーエ出身のイタリア人元サッカー選手、現サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィールダー。2024年よりボローニャFC1909の監督を務める。
現役時代は主にセリエBのクラブを舞台にプレーしていたが、エラス・ヴェローナFCやACキエーヴォ・ヴェローナにて通算6シーズンをセリエAで戦った。セリエAでは通算104試合に出場したが、セリエBでは304試合に出場した。キャリアを通してUEFAの国際大会出場経験はなく、2014年にFCルメッツァーネで現役を引退した。
指導者経歴
現役引退後すぐに指導者キャリアをスタートさせ、2016年6月からヴィゴンティーナ・サン・パオロFCで初めて監督を務めたが、2017年1月に成績不振で解任された。
2018年7月28日、選手時代の古巣であるトラーパニ・カルチョの監督に就任した[1]。自身初のプロクラブでの指揮ではあったが、セリエCのジローネCをグループ2位で終えたことで、セリエB昇格にクラブを導いた[2]。
2019年6月19日、スペツィア・カルチョの監督に招聘され、2年契約を結んだ[3]。セリエB初挑戦ながら、リーグ3位につけ、昇格プレーオフを経てクラブ史上初となるセリエA昇格を達成した[4]。これにより、ASDアルツィニャーノ・ヴァルキアンポ監督時代から数えて3シーズン連続で異なるクラブを昇格させるという記録を作った。
2020年9月14日、UEFAプロライセンスを取得し[5]、9月25日には契約を1年間延長した。キャリア初のセリエAでは、クラブ生え抜きのジュリオ・マッジョーレやレンタルで加入したトンマーゾ・ポベガらの活躍もあり、シーズン9勝を挙げて15位で見事残留を果たした。2021年6月2日、再びクラブとの契約を1年間延長して2023年までとしたが[6]、6月30日に契約を解除した[7]。
2021年6月30日、スペツィアとの契約解除を経て、ACFフィオレンティーナの監督に就任した[8]。指揮1シーズン目は、前半戦のみでリーグ戦17得点を挙げていたドゥシャン・ヴラホヴィッチをユヴェントスFCに引き抜かれたが、リーグ7位でシーズンを終えた。これにより、UEFAヨーロッパカンファレンスリーグ出場が決定し、クラブにとって6シーズンぶりとなるUEFAの国際大会出場が実現した。2年目はカンファレンスリーグとコッパ・イタリアで決勝に進み、3年目には再びカンファレンスリーグの決勝まで勝ち進んだが、それぞれウエストハム・ユナイテッド、インテル・ミラノ、オリンピアコスに敗れ準優勝に終わった[9]。
2024年6月5日、前シーズンリーグ戦5位と躍進しCL出場権を獲得したボローニャFC1909の監督に就任すると発表された[10]。
2025年5月14日、コッパ・イタリア決勝戦でACミランに1-0で勝利し、ボローニャを51年振りの優勝に導いた。