両親については不明であるが、オセール伯コンラート1世(862年没)とアデライード・ド・トゥール(866年以降没)の息子とも、コンラート1世の弟ポンティユー伯ルドルフ(866年没)とロデュナの息子(ルドルフには881年に死去したヴェルフという名の別の息子がいるが)とも考えられている。
10世紀におけるシュヴァーベン系ヴェルフ家の血族関係が定かではないため、エティコ(911年以降没)がヴェルフ1世の息子であることも証明されておらず、その可能性が高いというだけである。しかし、ここで注目すべきは、ヴェルフ1世の母親と思われるアデライード・ド・トゥールがエティション家の出身であるということである。
ヴェルフ1世は、842/50年からボーデン湖畔のリンツガウ伯、852/8年よりシュヴァルツヴァルト南部のアルプガウ伯であった。