ヴェルフニャズヴィンスク

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座標: 北緯55度46分00秒 東経27度56分00秒 / 北緯55.76667度 東経27.93333度 / 55.76667; 27.93333

ヴェルフニャズヴィンスクの位置(ベラルーシ内)
ヴェルフニャズヴィンスク

ベルフニャズヴィンスクベラルーシ語: Верхнядзвінскロシア語: Верхнедвинск)はベラルーシヴィツェプスク州ベルフニャズヴィンスク地区(ru)の市(ホラド)である。また同地区の行政中心地である。旧名はドリッサロシア語: Дриссаベラルーシ語: Дрыса

市の北部で、ドルィサ川(ru)西ジヴィナ川(ダウガヴァ川)が合流しており、市域はおおよそ両河川に挟まれている。ソビエト連邦期の1962年まではドリッサ(ベラルーシ語:ドルィサ。史料上ではドリシ、ドリザ等の記載もある。)という名であった[1]。ドリッサ(ドルィサ)は、市の付近を流れるドルィサ川にちなんだ名前である。なお、ベルフニャズヴィンスクは西ジヴィナ川の上流という意味である。

ポラツク - ダウガフピルス間を結ぶ鉄道路線上の駅・ヴェルフニャズヴィンスク駅が、市からおよそ2kmの位置(自治体としてはバロウカ(ru)内)にある。自動車道としては、市内をР117が通っている。

歴史

ベルフニャズヴィンスク(ドリッサ)の年代記上の初出は1386年である[2]。現ベルフニャズヴィンスク一帯は、ポロツク公国リトアニア大公国ポーランド・リトアニア共和国と領有国が変遷した。中世にはドルィサ城(ru)が建てられていた(現存せず)。

ポーランド分割を経て帝政ロシア領となり、市域は1801年よりヴィテプスク県ドリッサ郡(ru)の行政中心地となった。なお、レフ・トルストイの『戦争と平和』の、1812年ロシア戦役を描いた部分において、ドリッサを舞台とした場面がある[3]第二次世界大戦中にナチス・ドイツ軍に占領され、市内のユダヤ人が虐殺された[4](ヴェルフニャズヴィンスク・ゲットー(ru))。

1962年に現在の名称に改称し、現在に至る。

人口

出身者

出典

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