ヴェンテ岬
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| ヴェンテ岬 | |
|---|---|
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灯台付近に架かる桟橋 | |
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ヴェンテ岬(キンタイ),シルテ地区 | |
| 場所 | リトアニア、シルテ地区 |
| 沖合水域 |
クニアウパス湾 ミニャ川 クルシュー潟 |
| 標高 | 5 m (16 ft) |
| 全長 | 5.5キロメートル (3.4 mi) |
| 幅 | 2.5キロメートル (1.6 mi) (at widest point) |
| 面積 | 12.1 km2 (4.7 sq mi) |
| 地質 | 岬(半島) |



ヴェンテ岬 (リトアニア語:Ventės ragas、ドイツ語:Windenburger Eck)は、リトアニア・シルテ地区のネマン・デルタに位置する半島[1]。ヴェンテ・ホルンやヴェンテ半島とも呼ばれる。秋季には渡り鳥の休息所となることで知られる。ヴェンテ岬にある鳥類学ステーションは、ヨーロッパでも最古の鳥類標識調査拠点のひとつで、1929年にタダス・イヴァナウスカスによって設立された。
ヴェンテ岬は、約5,000年前から4,500年前にかけてのバルト海における氷河期末期にクルシュー潟[1]が沿岸のモレーンの尾根を水没させたことで形成された。1980年代から1990年代にかけて先端部が補強され、土手が嵩上げされ石で舗装された。また、全長約250mの防波堤が整備されており、冬の終わり頃には砕氷船としての役割を果たしている。ヴェンテ岬には1863年頃に建てられた高さ11mほどの赤レンガの灯台があり、上部には展望デッキがある。なお、この灯台はリトアニア国内では展望デッキに登ることが可能な数少ない灯台のひとつである。リトアニアを通過する渡り鳥の多くはヴェンテ岬を通る(白海とバルト海を渡る北ヨーロッパの中でも最も主要なルートである)[1]。
この地は1919年までドイツの一部で、クライペダ地方に属していた。また、かつてドイツ騎士団がヴィンデンブルクという城(都市)を築いていたが、現在は残っていない。