ヴャツコエ

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座標: 北緯48度44分 東経135度43分 / 北緯48.733度 東経135.717度 / 48.733; 135.717

ロシア連邦におけるヴャツコエの位置
ハバロフスク地区におけるヴャツコエの位置
ランドサット7によるヴャツコエの村落と駐留旅団

ヴャツコエロシア語: Вя́тское、ラテン文字転写: Vyatskoye)は、ロシアハバロフスク地方ハバロフスク地区英語版の小さな漁村であり、ハバロフスクの北東70キロメートルのアムール川の東側に位置している。第76無線技術旅団が駐留している。別名、ヴャツクロシア語: Вятск)。

元々の住民は、様々なツングース系民族であったものとみられる。

かつては外満洲に属していたが、1860年の北京条約により、ハバロフスク、ウラジオストクとともに朝からロシア帝国に割譲された。

第二次世界大戦中、ヴャツコエ付近は、朝鮮人中国人ゲリラで構成されたソ連の第88旅団の野営地(「北野営」)だった[1][注釈 1]。後に北朝鮮指導者となる金日成は、ソ連赤軍の大尉として大隊を指揮して駐留しており、彼の家族もそこにいたという情報がある[1][2]。その情報によると、彼の息子である金正日は1941年2月16日にこの村で生まれたという[1][注釈 2]。金正日の北野営でのロシア語の愛称はユーラであった[1][注釈 3]

この村の住民は、金正日の弟の金修羅(シューラ・キム、金万一)が井戸に落ちて死んだので、そこに埋葬されたと主張している [3]。しかし、それ以外の資料では、金正日の兄弟は1947年に平壌のプールで溺死したとされることが多い[4]

脚注

参考文献

関連項目

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