ヴワディスワフ・ホルディンスキー
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ヴワディスワフ・ホルディンスキーは、中学校教師でリヴィウ工科大学数学科教員のルドヴィク・ホロディンスキーと、旧姓ヤトヴィガ・ヴァルチャックの息子であった。彼は生涯のほとんどをクラクフで過ごした[2]。1926年、彼はヤギェウォ大学哲学科に入学した。ポーランド学を専攻したが、2年後にズジスワフ・ヤヒメツキに師事し音楽学を学び始め、1939年にポーランドの作曲家ユゼフ・ヴワディスワフ・クログルスキの生涯とピアノ作品をテーマにした論文で音楽学の修士号を取得した。
学生時代から彼はヤギェウォ大学の音楽学図書室で仕事をした。1930年からはヤギェウォ図書館で、最初はボランティア、1936年からは職員として働くようになった。同年彼は図書館司書の試験に合格した[2]。
ヤギェウォ図書館で働き始めた最初から、彼は音楽コレクションの管理に取り組み、生涯を音楽コレクションに捧げた。旧来の方法で目録をとり体系化されていた音楽コレクションは、徹底的に研究しなおす必要があった。[要出典]