一世一元の制
君主1人につき年号を一つ制定する制度
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日本で一世一元の制が実施された時期は、明治維新の最中の1868年10月23日の慶応(江戸時代)から明治への改元からである。慶応(江戸時代)以前は天皇の在位中にも災害など様々な理由によりしばしば改元されたり、寛永や慶長のように新たな天皇が践祚しても元号が変わらない場合もあった。
明治政府は、慶応4年を改めて「明治元年」とするとともに、「一世一元の詔」で天皇一代につき一元号とする一世一元の制を定めた。日本の場合、明朝や清朝とは異なり、君主が交代した日にすぐ新元号を適用する「即日改元」が実施された。さらに、1889年(明治22年)施行の旧皇室典範や、1909年(明治42年)に公布された「登極令」(皇室令の一部)に「(天皇の)践祚後は直ちに元号を改める」と規定され、ここに元号の法的根拠が生じた。
昭和の戦後時代、「昭和」という元号はあくまで慣例として用いられていたが、昭和天皇の高齢化と1976年(昭和51年)の世論調査において80%以上の国民が元号を使用しており、「昭和天皇の崩御後も元号を続けたい」という声が高まったのを受け、1979年(昭和54年)6月6日に「元号法(昭和54年法律第43号)」が成立した。そして同法成立から10年後の1989年1月8日に昭和天皇崩御に伴う明仁の践祚を受けて、史上初めて法律に基づいて「平成」という元号が定められた。さらに、それから30年後の2019年5月1日には天皇の退位等に関する皇室典範特例法に基づく明仁から今上天皇への譲位を受けて「令和」の元号が定められ、一世一元が継続されている。

