一式七粍九旋回機銃
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米軍資料に掲載された一式七粍九旋回機銃 | |
| 一式七粍九旋回機銃 | |
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| 種類 | 航空機関銃 |
| 製造国 |
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| 設計・製造 | 横須賀海軍工廠 |
| 年代 | 1940年代 |
| 仕様 | |
| 口径 | 7.92mm |
| 銃身長 | 600mm |
| ライフリング | 4条右回り[1] |
| 使用弾薬 | 7.92x57mmモーゼル弾 |
| 装弾数 | 75発(サドル型ドラムマガジン) |
| 作動方式 | ガス圧反動式[1] |
| 全長 | 1,080mm[1] |
| 重量 | 6.9kg[1] |
| 発射速度 | 1,000発/分[1] |
| 銃口初速 | 785m/s[1] |
| 歴史 | |
| 配備先 |
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| 関連戦争・紛争 | 大東亜戦争 |
一式七粍九旋回機銃(いっしきななみりきゅうせんかいきじゅう)は、大日本帝国海軍の軍用機に搭載された機関銃(航空機関銃)である。陸軍の九八式旋回機関銃同様、MG 15 機関銃のライセンス生産品。
1940年(昭和15年)6月、陸軍の九八式旋回機関銃が仮制式に制定された。これはドイツのラインメタル社のMG 15 機関銃をライセンス生産したもので、MG15は従来の九二式七粍七旋回機銃に比べ発射速度が速く、命中精度が良く、弾丸威力も高かった。
陸軍の採用もあり、海軍では1941年(昭和16年)3月に陸軍から図面を譲渡してもらい、国産化を図った[2]。翌1942年(昭和17年)3月に制式採用され、同年4月から量産に入った[2]。1943年(昭和18年)4月から彗星の銃座に装備が開始された[2]ほか、1944年(昭和19年)に採用された彩雲に搭載された[3]。
小型機用の旋回機銃として二式十三粍旋回機銃(ドイツのMG 131 機関銃のライセンス生産品)が開発され次第、逐次交換される予定であったが、この機銃の出現が遅れたため、終戦まで小型機用の旋回機銃の主力であった。[2]
オリジナルのMG15や陸軍の九八式と異なり、フロントグリップが追加されているなど若干の形状の違いがある。