七石山横穴墓群
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別名
七石山横穴古墳群
所属
㹨川流域横穴墓群
| 七石山横穴墓群 | |
|---|---|
|
七石山横穴墓群残存部 | |
| 別名 | 七石山横穴古墳群 |
| 所属 | 㹨川流域横穴墓群 |
| 所在地 | 神奈川県横浜市栄区小菅ヶ谷1-2丁目 |
| 位置 | 北緯35度22分3.9秒 東経139度32分48.11秒 / 北緯35.367750度 東経139.5466972度座標: 北緯35度22分3.9秒 東経139度32分48.11秒 / 北緯35.367750度 東経139.5466972度 |
| 形状 | 横穴墓 |
| 埋葬施設 | 奥室構造を持つ「鍛冶ヶ谷式」横穴 |
| 出土品 | 人骨・鉄製品・須恵器・玉類など |
| 築造時期 | 7世紀末から8世紀 |
| 被葬者 | 不明 |
| 史跡 | 横浜市地域史跡 |
| 有形文化財 | なし |
| 埋蔵文化財 包蔵地番号 |
県:栄区№21 市:栄区№34 |
| 地図 |
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七石山横穴墓群(しちこくやまおうけつぼぐん/しちこくやまよこあなぼぐん)は、神奈川県横浜市栄区小菅ヶ谷1-2丁目にある横穴墓群。約20群200基以上あった㹨川流域横穴墓群の1支群である[1]。かつてJR根岸線の本郷台駅周囲に100基以上あったとみられ、正確に調査されただけで43基存在したが、現在は4基ほどが線路北側に残るにすぎない。1988年(昭和63年)に横浜市地域史跡に登録されている(登録名称は「七石山横穴古墳群(しちこくやまよこあなこふんぐん)」)[2]。
㹨川流域をはじめとする南関東の丘陵部辺縁には、掘削しやすい土質の傾斜が多く、横穴墓が多く築造された。
1967年(昭和42年)に根岸線敷設工事に伴って現・本郷台駅周辺の丘陵が大規模に削られた際、横浜市郷土研究会会員の千貝幸之助(ちがいこうのすけ)により存在が通報され、1968年(昭和43年)[3]、1970年(昭和45年)、1972年(昭和47年)[4]に発掘調査が実施された。
特徴は、近隣の地名をとって「鎌倉型横穴墓(鍛冶ヶ谷式横穴墓)」とよばれるアーチ型の断面を持ち、よく発達した玄室の奥に小型の「棺室」をもつ復室構造であること、羨道は存在しないか、またはかなり退化していることが挙げられる[5]。人骨のほか、土師器・須恵器類、勾玉・管玉類、鉄剣・鉄刀類、耳環などが出土している。年代観としては古墳時代終末期から奈良時代までに幅広く編年され、継起的に造営されたことをうかがわせる。この地域の有力首長層、富裕農民層らの墳墓と考えられている。
