万年屋 From Wikipedia, the free encyclopedia 江戸名所図会での万年屋。 万年屋(まんねんや)は、江戸時代、東海道川崎宿にあった一膳飯屋で、明和年間には旅籠も営むようになっていた。 旅人のほかに、厄年の男女が川崎大師参詣の途中に多数、立ち寄ったので、とくに繁昌した。『江戸名所図会』には、挿図のみが掲載され、記事がない[1]が、当時は説明を要しないほど知名度の高い[要出典][2][3][4]旅館兼茶屋であった。奈良茶飯が名物であった[5]。 ↑ 江戸名所図会. ↑ 岡本綺堂『半七捕物帳』シリーズには、「いっそ川崎の宿まで引っ返して、万年屋で飯を食おうと云って、二人は空腹をかかえて、寒い風に吹きさらされながら戻って来ると」(『大森の鶏』)という描写がある。 ↑ 東海道中膝栗毛では、二人が六郷を越えたところで万年屋と呼ばれる店に立ち寄っている描写がある。 ↑ 歌「お江戸日本橋」にも「(前略)六郷(ろくごう)わたれば 川崎の万年屋(後略)」とうたわれた。 ↑ 川崎区. 参考文献 斎藤長秋 編「巻之二 天璇之部 河崎万年屋 奈良茶飯」『江戸名所図会』 一、有朋堂書店、464-465頁。NDLJP:1174130/238。 “河崎万年屋”. 川崎市川崎区 (2012年4月10日). 2020年12月11日閲覧。 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles