三人のパシャ
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三人のパシャ(さんにんのパシャ、トルコ語: Üç Paşalar)とはオスマン帝国末期(青年トルコ人革命後)に実権を握ったエンヴェル・パシャ、ジェマル・パシャ、タラート・パシャの3人のことである。
三人のパシャはいずれも統一と進歩委員会のメンバーであり、第一次世界大戦に際してオスマン帝国を中央同盟国側で参戦させたことに大きな責任があった[1]。戦後、ムスタファ・ケマル・アタテュルクがトルコ共和国を建国すると、三人のパシャは帝国を大戦に突入させて帝国を崩壊させたとしてケマルと国民から広範な批判を浴び、3人全員が非業の死を遂げた。タラートとジェマルは暗殺され、エンヴェルはドゥシャンベ近くでバスマチ蜂起を率いて戦死した。
死後、タラートとエンヴェルの遺骨はイスタンブールにある自由の記念碑に埋められた。
よくある勘違いとしてパシャを姓と捉え、三人のパシャなどオスマン帝国の高官が同じ一族だと思ってしまうものがあるが間違いである。
パシャとはオスマン帝国の高官に付けられる称号であり、本名ではない。
日本で国務大臣に対して『〜大臣』と呼ぶのと同じような意味と思われる。