三八城神社のある八戸市内丸は、藩政時代には八戸城の本丸と二の丸のあったところである。そのうち現在の三八城公園が八戸城の本丸の跡である。1871年(明治4年)の廃藩置県で城内の建物が取り壊され、神社はその跡に建てられたものである。
1878年(明治11年)に創立の許可を得て、旧藩士達から灯篭、手洗い、獅子、その他の供え物が献納され、この年の8月10日から17日まで正遷宮の儀式が執行された。祭神は八戸藩初代藩主・南部直房、甲斐源氏の祖新羅三郎義光、南部氏の祖である南部光行の3人を祭る。8月6日がその大祭日である。当初、社殿は旧城内御殿の「御玄関」のところに拝殿が建てられたが、その後、西のほうへ引き移し、現在の社殿の位置は、急城内御殿の「奥御居間」の付近にあたるとみられる。
社名の「三八城」は、三戸郡の「三」、八戸城の「八」、「城」の意と解されている。