八戸市
青森県の市
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八戸市(はちのへし)は、青森県東部にある市。県庁所在地である青森市に次ぐ県内第二の人口を有しており、南部地方の中心都市である。中核市に指定されており、青森市や県内人口3位の弘前市とともに、青森県主要3市の一角を構成する。1929年(昭和4年)市制施行。
概要
八戸都市圏は約33万人の人口を擁する。三戸郡を包含する八戸圏域連携中枢都市圏に位置する[1]、南部地方(青森県東部)の中心都市であり、商圏は青森県東部や岩手県北部を包摂する[2]。2002年12月には東北新幹線が八戸駅まで延伸されている。八戸港は工業港、フェリー港、漁港を兼ねている[3]。
八戸藩が置かれた城下町でもある。伝統芸能であるえんぶり(朳)および八戸三社大祭、騎馬打毬はいずれも国の重要無形民俗文化財に指定されている。伝統工芸品には八幡馬[4]、八戸焼、南部姫毬などが、郷土料理には南部煎餅、八戸せんべい汁、いちご煮など、駅弁は「八戸小唄寿司」、特産品には市川いちご、糠塚きゅうりなどがある。お盆には「背中あて」を食べる慣習が根付いている[5]。温泉・銭湯も歴史的に多く存在する。
スケート、アイスホッケーが盛んで、氷都八戸の異名を持つ[6][7][8]。実業団体やジュニアチーム、女子チーム、素人アイスホッケーを含め加盟登録数は60チームを数える。
B-1グランプリ発祥の地でもある。
「八戸」の名称は、岩手県北・青森県南西部一帯に古くから存在している数に「戸」のつく地名がもととなっている。「戸」自体の由来は牧場の番号や駐屯地の番号など諸説ある。詳細は糠部郡参照。
なお、三八地域県民局が設置されていたが、各地域県民局は2025年(令和7年)3月31日で廃止された(本庁所管部ごとに各圏域に個別に各事務所〈地域連携事務所や県税事務所、環境管理事務所など〉を設置している)[9]。
地理

国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成。
歴史
古代
縄文時代の是川遺跡や風張遺跡がある。風張遺跡からは縄文時代後期の米粒[注釈 1]が出土している。風張から出土した合掌土偶は国宝となっている[11]ほか、是川からも数々の工芸品が出土している。
中世
1191年(建久2年)、甲斐国の南部氏が北東北一帯を源頼朝から賜ったとされている。南部氏が実際に北東北に移ってきたのは南北朝時代である。1334年(建武元年)、南部師行が根城を築き、根城南部氏(遠野南部氏)の祖となった。また、市内には築城年不明の櫛引城もあり、古くから櫛引八幡宮の神事に深く関与していた櫛引南部氏が居城としていた。
16世紀後半、櫛引南部氏と根城南部氏が互いの城に攻め入るなど、領内では南部氏一族同士の内紛が相次いでいた。同じ頃、南部氏の一族である南部右京亮こと大浦為信(津軽為信)[12]が九戸南部氏らと手を組んで津軽地方を統一していく中、盛岡藩藩祖南部信直は出兵して為信に対抗しようとしたが、信直と対立する櫛引南部氏、七戸南部氏、九戸南部氏らの反対によりなされなかった。その後も、櫛引南部氏らは浅水城や苫米地城に攻め入るなど、南部信直勢力への抵抗を続けたが、豊臣軍により鎮められた[注釈 2]。
近世
転機となったのは江戸時代前期の1664年(寛文4年)である。盛岡藩2代藩主・南部重直が世継ぎを決めずに亡くなったため、盛岡藩は御家断絶の危機を迎えた。江戸幕府は盛岡藩10万石を八戸2万石と盛岡8万石に分け、八戸南部氏の祖となる南部直房により八戸城が築かれた。これが八戸藩の始まりである。八戸藩の領地と現在の八戸市の領域にはかなり違いがあり、現在の岩手県久慈市までが八戸藩だった。
この際、八戸藩に逆恨みをした盛岡藩により、八戸藩初代藩主直房と八戸藩2代藩主直政が暗殺される事件が起き、当時幕府が実際に調査を行なった[13]。その後、盛岡藩より通信を3代八戸藩主に迎えたが、以後、盛岡藩と新たな姻戚関係が結ばれることは無かった。八戸藩は支藩ではなく独立した藩であったこと、藩主暗殺事件の因縁や姻戚関係が疎遠であったことも関係し、八戸藩には盛岡藩を「本家」と見る雰囲気は希薄であったとされる。
戊辰戦争の際、八戸藩は弘前藩や盛岡藩と同じく、幕府側の奥羽列藩同盟に属すこととなる。途中で弘前藩は新政府側の官軍に寝返ったが、八戸藩は、当時の9代藩主南部信順が新政府側の薩摩藩出身だったこともあって当初より新政府寄りとされ、盛岡藩や仙台藩から仮想敵として見なされていた。そのため八戸藩は、列藩同盟に参加は続けながらも、弘前藩よりも先に官軍に寝返っていた久保田藩と水面下で連携するなど、新政府側の姿勢も見せ難局を上手く切り抜ける。八戸藩は「盛岡藩には引きずられない」という意識から、不戦に徹したとされる。弘前藩と盛岡藩が戦った野辺地戦争においても、盛岡藩から強制されたため消極的に参加したが、一人の死傷者も出さなかった[14]。戊辰戦争後、列藩同盟に積極的でなかったとされ、八戸藩は弘前藩と同様に朝敵扱いをされず、朝敵の盛岡藩になされたような減封・転封等の処罰は行われなかった。
八戸城は寛永4年 (1627年)に築城され、現在の三八城公園にあった(したがって八戸公園は城跡ではない)。城下町には三日町、十三日町など市の立つ日を名前とした街が並んでおり、現在も八戸市中心市街地となっている。
近代
明治4年(1871年)、八戸藩は八戸県を経て、弘前県[注釈 3]など5県と合併し青森県となる。この合併を画策したのは、元八戸藩士で八戸県大参事の太田広城と、元会津藩士で斗南県小参事の広沢安任である。両人は8月13日、5県合併案を政府に建言し、内務卿大久保利通をはじめ明治政府高官による事情聴取の結果、9月4日に館県も含めた6県の合併令達に至っている。
1870年(明治2年)、天候不順が続き凶作。五穀の収穫は皆無となった[15]。
1915年(大正4年)、鮫浦港修築工事が開始され、1929年(昭和4年)に商港に指定された。
1924年(大正13年)5月16日、大火があり1223戸が焼失[16]。
1935年(昭和10年)6月8日、鮫町天女ヶ窪にあった飛行場で皇国飛行協会八戸支部主催の八戸防空飛行大会が開催。離陸中の飛行機(サムルソン乙型偵察機)が誤って観客者の中へ突っ込み死者3人、重傷1人を出す事故が起きた[17]。
現代
八戸市には馬淵川と新井田川という比較的大きな河川が流れている。特に馬淵川は蛇行が激しく流量も多いため、水害の多い河川だった。特に河口部分で馬淵川が大きく曲がって新井田川と合流するような形で太平洋に注ぎ込んでいた。1937年(昭和12年)、馬淵川の改修工事(河口付近の直線化)が難航し、戦争のために中断された。1949年(昭和24年)に工事が軌道に乗り、新産業都市に指定された1961年(昭和36年)に完成した。これにより水害が減り、臨海地域を工業地帯として利用可能となった。
1947年(昭和22)8月10日、昭和天皇が館村役場、八戸魚市場、市内の工場、牧場、小学校などに行幸(昭和天皇の戦後巡幸)[18][19]。また昭和天皇は、1977年(昭和52年)10月3日、第32回国民体育大会開催に合わせ市内を再訪。八戸市公民館、八戸市体育館などにも行幸した[20]。
1961年(昭和36年)5月28日、台風4号接近に伴いフェーン現象が発生。こうした状況下で白銀町の住宅から出火した火災が延焼して4人が死亡、住宅や商店など707棟が全焼[21]。後日、天皇・皇后から御救恤金が県に対して下賜された[22]。
2011年(平成23年)3月11日の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)に伴う津波により臨海部は大きな被害を受けたものの、岩手県以南よりは比較的被害が少なかった[23]。
2020年(令和2年)、新型コロナウイルス感染症対策のための市内の小・中学校で臨時休校を実施[24]。祭事などのイベントも中止された[25]。
沿革
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、三戸郡八戸町が発足。
- 1901年(明治34年)7月1日 - 三戸郡長者村と八戸町(一次)が合併、八戸町(二次)が発足。
- 1929年(昭和4年)5月1日 - 三戸郡八戸町・小中野町・湊町・鮫村が合併、市制施行し八戸市が発足。この時点の人口は、5万1529人[26]。
- 1939年(昭和9年)5月1日 - 初代「八戸市民歌」を制定。
- 1942年(昭和17年)4月1日 - 三戸郡下長苗代村を編入。
- 1954年(昭和29年)12月1日 - 三戸郡是川村を編入。
- 1955年(昭和30年)4月1日 - 三戸郡館村、上長苗代村、市川村を編入。
- 1955年(昭和30年)10月20日 - 三戸郡豊崎村を編入。
- 1958年(昭和33年)9月10日 - 三戸郡大館村を編入。
- 1964年(昭和39年)9月14日 - 2代目「八戸市民の歌」を制定。
- 1999年(平成11年) - 市制70周年を記念し3代目市民歌「新・八戸市民の歌 〜新しい風〜」を制定。
- 2001年(平成13年)4月1日 - 特例市へ移行。
- 2005年(平成17年)3月31日 - 三戸郡南郷村を編入。地域自治区である南郷区を設置。[注釈 4] [注釈 5]
- 2017年(平成29年)1月1日 - 施行時特例市から中核市へ移行。
気候
寒暖の差が大きく気温の年較差、日較差が大きい顕著な大陸性気候である。降雪量が多く、豪雪地帯に指定されている。
年平均気温は10.5℃である。平年値では猛暑日が0.7日、真夏日が14.6日、夏日が55.0日、真冬日が10.5日、冬日が106.7日となっている[27]。また、1月から2月にかけて日平均気温が氷点下となっている。
年平均降水量は1045.1mmである。また、年平均降雪量は134cmである。
年平均日照時間は1844.3時間である。
| 八戸特別地域気象観測所(八戸市湊町字館鼻、標高27.1m)の気候 | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
| 最高気温記録 °C (°F) | 15.0 (59) |
19.0 (66.2) |
23.5 (74.3) |
29.7 (85.5) |
34.3 (93.7) |
34.5 (94.1) |
36.5 (97.7) |
37.0 (98.6) |
35.4 (95.7) |
30.4 (86.7) |
24.9 (76.8) |
19.7 (67.5) |
37.0 (98.6) |
| 平均最高気温 °C (°F) | 2.8 (37) |
3.6 (38.5) |
7.6 (45.7) |
13.8 (56.8) |
18.7 (65.7) |
21.1 (70) |
24.9 (76.8) |
26.5 (79.7) |
23.6 (74.5) |
18.2 (64.8) |
11.9 (53.4) |
5.4 (41.7) |
14.9 (58.8) |
| 日平均気温 °C (°F) | −0.7 (30.7) |
−0.2 (31.6) |
3.1 (37.6) |
8.6 (47.5) |
13.5 (56.3) |
16.7 (62.1) |
20.7 (69.3) |
22.6 (72.7) |
19.4 (66.9) |
13.5 (56.3) |
7.3 (45.1) |
1.7 (35.1) |
10.5 (50.9) |
| 平均最低気温 °C (°F) | −3.9 (25) |
−3.7 (25.3) |
−0.9 (30.4) |
4.0 (39.2) |
9.2 (48.6) |
13.3 (55.9) |
17.7 (63.9) |
19.5 (67.1) |
15.7 (60.3) |
9.0 (48.2) |
3.0 (37.4) |
−1.6 (29.1) |
6.8 (44.2) |
| 最低気温記録 °C (°F) | −15.7 (3.7) |
−15.5 (4.1) |
−12.3 (9.9) |
−5.5 (22.1) |
−2.6 (27.3) |
0.4 (32.7) |
5.0 (41) |
9.4 (48.9) |
4.8 (40.6) |
−2.6 (27.3) |
−6.3 (20.7) |
−13.4 (7.9) |
−15.7 (3.7) |
| 降水量 mm (inch) | 43.6 (1.717) |
40.4 (1.591) |
56.6 (2.228) |
63.4 (2.496) |
88.1 (3.469) |
103.7 (4.083) |
136.9 (5.39) |
141.8 (5.583) |
156.3 (6.154) |
110.1 (4.335) |
55.5 (2.185) |
48.9 (1.925) |
1,045.1 (41.146) |
| 降雪量 cm (inch) | 40 (15.7) |
42 (16.5) |
29 (11.4) |
2 (0.8) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
2 (0.8) |
22 (8.7) |
134 (52.8) |
| 平均降水日数 (≥0.5 mm) | 8.8 | 8.3 | 9.3 | 9.7 | 11.2 | 10.1 | 12.1 | 11.9 | 11.4 | 10.1 | 9.8 | 8.4 | 121.1 |
| 平均降雪日数 (≥1cm) | 10.4 | 9.9 | 5.9 | 0.5 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 0.7 | 6.1 | 33.3 |
| % 湿度 | 71 | 70 | 66 | 65 | 72 | 81 | 84 | 82 | 80 | 75 | 71 | 71 | 74 |
| 平均月間日照時間 | 126.1 | 130.9 | 166.2 | 186.9 | 198.5 | 168.2 | 149.7 | 159.5 | 148.2 | 155.7 | 130.3 | 124.1 | 1,844.3 |
| 出典:気象庁 (平均値:1991年 - 2020年、極値:1936年 - 現在)[30][31] | |||||||||||||
産業
1989年(平成元年)に「はちのへ共通商品券」が発行されている。朝市は、市民の買い物・飲食と観光客誘致の両方に貢献している[32]。
工業
- 八戸港
- 東北電力八戸火力発電所(太陽光発電所を併設[33])
- JXエルエヌジー・サービス八戸LNGターミナル(輸入基地)
- 三菱製紙八戸工場(同社の主力工場)
- 八戸セメント八戸工場(かつては八戸鉱山から鉄道によるセメント輸送も行っていたものの、現在はベルトコンベアを用いて地下化)
- 大平洋金属八戸本社(登記上の本店は東京)・製造所(同社の主力生産拠点)
- 高周波鋳造(神戸製鋼所子会社)
- 新菱八戸工場(三菱ケミカル子会社、旧日東化学工業八戸工場)
- 日東石膏ボード(三菱ケミカル関連会社、旧日東化学工業八戸工場)
- 片倉コープアグリ八戸工場(旧日東化学工業八戸工場)
- 合同酒精八戸工場(オエノンホールディングス子会社)
- 多摩川精機八戸事業所
- アルバックマテリアル、アルバック東北、アルバックテクノ(アルバックグループ)
- エプソンアトミックス(セイコーエプソン子会社)
- 天馬八戸工場
- 八戸製錬(三井金属鉱業子会社)
- 東京鐵鋼八戸工場
- 北日本造船
- 八戸鉱山(八戸キャニオン)
- 八戸北インター工業団地
- Yahoo! JAPAN八戸センター[34]
- つくばソフトウェアエンジニアリング青森事務所
青森県指定伝統工芸品
八戸市内でも指定されている[35]。
- 南部裂織
- 南部菱刺し
- 八戸焼
- 八幡馬[4]
- 南部姫鞠
- えんぶり烏帽子
農産
特産品
畜産
- プライフーズ(チアーズ)
水産
水揚げ数量は2021年度は全国12位の4万4472トンで、サバ1万0005トン、イカ7842トン、イワシ1万8966トンなどが主要な魚種となっている。水揚げ数量が5万トンを割るのは72年ぶりで、水産業再生の必要性が唱えられている。[38]
主な漁港
- 八戸漁港
- 白浜漁港
- 深久保漁港
- 種差漁港
- 大久喜漁港
- 金浜漁港
商業
主な商業施設
このほか、アニメイト、未来屋書店、くまざわ書店、文教堂書店、川村商店、成田本店、木村書店、アリス書店などが単独出店している。最大規模の書店はVidawayが運営するTSUTAYA八戸ニュータウン店である。
金融機関
銀行
政策金融機関
協同組織金融機関
証券会社
ATMが主体の金融機関
かつて市内にあった金融機関
生活協同組合
- 全労済八戸支所
サービス
通信
マスメディア
- デーリー東北新聞社[注釈 8]
- 東奥日報八戸支社[注釈 9]
- 八戸テレビ放送(ケーブルテレビ局)
- Be FM(コミュニティ放送局、76.5MHz)
- NHK青森放送局八戸支局(総合テレビ:9ch、教育テレビ:7ch、ラジオ第1:999kHz、ラジオ第2:1377kHz、FM:81.8MHz)
- 青森放送(RAB)八戸支社(テレビ:11ch、ラジオ:1485kHz・92.7MHz[注釈 10])
- 土曜夕方(16:00~16:50)と日曜午前(10:00~11:00)に同支社制作のラジオ番組が放送されている[注釈 11]。
IBC、TVI、mitは本来岩手県内のテレビ局であるが、岩手県北部の沿岸地方(久慈市)と内陸地方(二戸市)の双方に交通の便が良い八戸市に取材拠点としての支社を置いている。 また同市の大半の地域では、岩手県内のテレビ(TVI、IAT、IBC、mit、NHK盛岡放送局)の送信局の一つである二戸中継局から発射される電波により岩手県のテレビを越境受信する事が可能であり[注釈 13]、特に青森県に存在していないフジテレビ系列の番組を最速で多く放送するmitの需要は同市でもかなり高いものとなっている。 また、mitは青森県南部地域(三八上北)を実質的な放送エリアであるとしてHPで明言しており[43]、同テレビの緊急地震速報は岩手県内に出された場合や三八上北地域に出された場合に放送される。岩手県北の商圏が八戸にあるので、岩手県内でのテレビ・ラジオ等の気象情報では岩手県外の八戸地方の天気も紹介される例が多い。
行政

(隣の「別館」が完成する前は「新館」と呼称していた。)

1994年12月に発生した三陸はるか沖地震の際、当時同地にあった市庁「旧館」が壊滅的な被害を受け使用不能となったことから、それを教訓に免震構造によって建て替えられたものである。

かつての南郷村役場であり、2005年3月31日に市町村合併によって設置された地域自治区「南郷区」の南郷区役所を経て南郷事務所となった。
- 市長 : 熊谷雄一(2021年11月17日就任、1期目)
歴代市長
| 代 | 氏名 | 就任年月日 | 退任年月日 | |
|---|---|---|---|---|
| 市長職務管掌 | 西岡太郎 | 1929年(昭和4年)5月1日 | 1929年(昭和4年)9月21日 | |
| 1 | 1 | 近藤喜衛 | 1929年(昭和4年)9月22日 | 1930年(昭和5年)5月19日 |
| 2 | 2 | 神田重雄 | 1930年(昭和5年)8月18日 | 1942年(昭和17年)8月17日 |
| 3 | ||||
| 4 | ||||
| 3 | 5 | 山内亮 | 1942年(昭和17年)10月1日 | 1946年(昭和21年)5月17日 |
| 4 | 6 | 夏堀悌二郎 | 1946年(昭和21年)7月20日 | 1951年(昭和26年)4月4日 |
| 7 | ||||
| 5 | 8 | 村井倉松 | 1951年(昭和26年)4月25日 | 1953年(昭和28年)10月23日 |
| 6 | 9 | 岩岡徳兵衛 | 1953年(昭和28年)12月8日 | 1965年(昭和40年)11月16日 |
| 10 | ||||
| 11 | ||||
| 7 | 12 | 中村拓道 | 1965年(昭和40年)11月17日 | 1969年(昭和44年)11月16日 |
| 8 | 13 | 秋山皐二郎 | 1969年(昭和44年)11月16日 | 1989年(平成元年)11月16日 |
| 14 | ||||
| 15 | ||||
| 16 | ||||
| 17 | ||||
| 9 | 18 | 中里信男 | 1989年(平成元年)11月17日 | 2001年(平成13年)11月16日 |
| 19 | ||||
| 20 | ||||
| 10 | 21 | 中村寿文 | 2001年(平成13年)11月17日 | 2005年(平成17年)11月16日 |
| 11 | 22 | 小林眞 | 2005年(平成17年)11月17日 | 2021年(令和3年)11月16日 |
| 23 | ||||
| 24 | ||||
| 25 | ||||
| 12 | 26 | 熊谷雄一 | 2021年11月17日 | 現職 |
- 1929年5月1日の市制施行時から市長選任選挙で近藤喜衛が市長に選出され、市長に就任するまでは、市長職務管掌(現在の職務代行者相当)として青森県庁から西岡太郎が派遣された[44]。
庁舎
- 青森県合同庁舎
- 八戸市庁(本館・別館)
- 八戸市南郷事務所(旧南郷村役場、旧八戸市南郷区役所)
- 八戸市民サービスセンター(市川・大館・是川・下長・館・豊崎・八戸駅・南浜・白銀・島守、八戸駅の前身は上長)
環境への取組
- 第6回持続可能な地域社会をつくる日本の環境首都コンテストに参加。
議会
提携
人口
2015年(平成27年)国勢調査の人口増減を見ると、2.68%減の231,257人であり、増減率は県下40市町村中4位。
| 八戸市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 八戸市の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 八戸市
■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
八戸市(に相当する地域)の人口の推移
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 総務省統計局 国勢調査より | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
人口動態概要
2024年現在約21万人となっており人口減少が続いている。八戸市の人口推移を見ていくと1950年(昭和25年)では人口14万人程度に過ぎなかったが急速な発展を遂げ、1980年には24万人に到達し、30年間で10万人の人口増加を果たした。八戸市の人口は1950年代は年間4000人、1960年代は3500人、1970年代は3000人の大幅な人口増加が続いていたが、1980年代に入ると産業構造の変化もあり人口移動は社会減少に転じた。それにより1980年以降から2000年頃までは24万人台で頭打ちとなった。2000年以降は自然動態の減少もあり人口減少傾向が年々強まっている。なお八戸市内でも旧八戸市の人口は1997年頃まで人口増加を続けていたが、旧南郷村地域は1955年(昭和30年)頃から長期間に渡って人口減少が続いている。
| 実施年 | 八戸市人口(人) | 旧八戸市人口(人) | 旧南郷村人口(人) | 八戸市増加数(人) | 旧八戸市増加数(人) | 旧南郷村増加数(人) | 八戸市増加率(%) | 旧八戸市増加率(%) | 旧南郷村増加率(%) | 国内増加率(%) |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1950年 | 143,489 | 133,263 | 10,226 | - | - | - | - | - | - | - |
| 1955年 | 160,412 | 149,938 | 10,474 | |||||||
| 1960年 | 184,680 | 174,348 | 10,332 | |||||||
| 1965年 | 198,602 | 189,387 | 9,215 | |||||||
| 1970年 | 216,955 | 208,801 | 8,154 | |||||||
| 1975年 | 231,945 | 224,366 | 7,579 | |||||||
| 1980年 | 245,617 | 238,179 | 7,438 | |||||||
| 1985年 | 248,691 | 241,430 | 7,261 | |||||||
| 1990年 | 247,983 | 241,057 | 6,926 | |||||||
| 1995年 | 249,358 | 242,654 | 6,704 | |||||||
| 2000年 | 248,608 | 241,920 | 6,688 | |||||||
| 2005年 | 244,700 | 238,428 | 6,272 | |||||||
| 2010年 | 237,615 | 231,737 | 5,878 | |||||||
| 2015年 | 231,257 | 225,926 | 5,331 | |||||||
| 2020年 | 223,415 | 218,718 | 4,697 |
山形市との人口推移比較
東北地方で人口規模が第8位の山形市と、第9位の八戸市。この規模の近い両市の人口動態を比較・考察する。 八戸市の特徴は、戦後から高度経済成長期にかけての著しい人口増加にある。1950年から1980年までの30年間で、山形市が1.3倍(約5万人)の増加であったのに対し、八戸市はそれを大幅に上回る1.7倍(約10万人)を記録し、人口24万人を擁する都市へと急成長を遂げた。 一方、1980年以降は減少に転じている。2025年現在、山形市が1980年当時の人口規模を概ね維持しているのに対し、八戸市はピーク時から15%近く(約3.5万人)減少しており、両市は対照的な推移を見せている。
| 実施年 | 八戸市人口(人) | 山形市人口(人) | 八戸市増加率 | 山形市増加率 | 注釈 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1950年 | 143,489 | 180,569 | - | - | |
| 1965年 | 198,602 | 193,737 | |||
| 1980年 | 245,617 | 237,041 | |||
| 1995年 | 249,358 | 254,488 | |||
| 2010年 | 237,615 | 254,244 | |||
| 2025年9月1日 | 210,303 | 237,847 |
教育
大学・短期大学
- 私立(五十音順)
高等専門学校
- 国立・独立行政法人
高等学校
- 県立(五十音順)
※:以下は廃校。
- 八戸北高等学校南郷校舎(2017年・八戸北高等学校に統合)
- 八戸南高等学校(2013年・八戸北高等学校に統合)
- 私立(五十音順)
- 向陵高等学校
- 星槎国際高等学校八戸キャンパス八戸あおば高等学院
- 仙台育英学園高等学校ILC青森
- 千葉学園高等学校
- 八戸学院光星高等学校
- 八戸工業大学第一高等学校
- 八戸工業大学第二高等学校
- 八戸聖ウルスラ学院高等学校
※:私立高校の数が同規模の他都市より多い。これは生徒の増加に対応して私立高校が早期に開校したことにより受け皿となったためである。同時期に公立高校でも共学化や普通高校の新設が図られた。
中学校
- 市立(五十音順)
※:以下は廃校。
- 美保野中学校(2013年・東中学校に統合)
- 八戸市・階上町学校組合立
※:以下は廃校。
- 田代中学校(2017年・島守中学校に統合)
- 私立
小学校
- 市立(五十音順)
※:以下は廃校。
- 根城小学校笹子分校(1981年・図南小学校に統合)
- 市野沢小学校(2016年・南郷小学校を統合新設)
- 中野小学校(同上)
- 鳩田小学校(同上)
- 是川東小学校(2015年、是川小学校に統合)
- 番屋小学校(2011年、図南小学校に統合)
- 松館小学校(2015年、新井田小学校に統合)
- 美保野小学校(2020年、町畑小学校に統合)
- 八戸市・階上町学校組合立
※:以下は廃校。
特別支援学校
- 県立(五十音順)
学校教育以外の施設
職業訓練施設
施設
警察
消防
医療
国立病院
県立病院
市立病院
- 八戸市立市民病院
- 八戸市休日夜間急病診療所
その他の病院
- 八戸赤十字病院
- メディカルコート八戸西病院
- 八戸西健診プラザ
保健
郵便
直営郵便局
- 桔梗野郵便局(84210)
- 八戸吹揚郵便局(84224)
- 八戸江陽郵便局(84237)
- 八戸根城郵便局(84244)
- 八戸大町郵便局(84246)
- 日計郵便局(84251)
- 八戸旭ヶ丘郵便局(84255)
- 八戸大杉平郵便局(24259)
- 多賀台郵便局(84262)
- 八戸白銀台郵便局(84263)
- 八戸類家郵便局(84267)
- 八戸中居林郵便局(84269)
- 八戸河原木郵便局(84272)
- 八戸湊台郵便局(84278)
- 八戸田面木郵便局(84282)
- 八戸湊高台郵便局(84284)
- 八戸ニュータウン郵便局(84287)
- 八戸駅前郵便局(84288)
簡易郵便局
- 高岩簡易郵便局(84707)
- 八戸下長簡易郵便局(84733)
- 三條簡易郵便局(84782)
- 東前田簡易郵便局(84784)
- 八戸卸センター郵便局(84795)
文化施設
ホール
- 八戸市公会堂
- 八戸市公会堂文化ホール(旧八戸市公民館)
- 八戸市南郷文化ホール
図書館
- 八戸市立図書館(現有日本最古の公営図書館)
- 八戸市立南郷図書館
- 八戸市図書情報センター
社会教育施設
その他
霊園
- 市営
- 東霊園
- 西霊園
- 南郷中央霊園
交通
鉄道

※:八戸市庁の最寄り駅は本八戸駅であるものの、『JTB時刻表』では八戸駅が中心駅として記載されており、いずれも八戸市中心市街地までは距離がある。八戸駅と市中心街は路線バスが10分間隔程度で結んでいる[45]。
かつて存在した鉄道
バス
路線バス
- 八戸市交通部
- 八戸市内各路線
- ワンコインバス・いさば号
- ワンコインバス・うみねこ号
- 南部バス(岩手県北自動車南部支社[注釈 15])
- 八戸市内各路線
- 八食100円バス
- 八食200円以下バス
- 八戸 - 三戸
- 八戸 - 五戸
- 八戸 - 軽米
- 十和田観光電鉄
- JRバス東北
※:2009年3月に市が策定した「八戸市地域公共交通総合連携計画」により、同市内を運行する八戸市交通部(八戸市営バス)、南部バス(当時)、十和田観光電鉄(十鉄バス)共通の系統番号表示がなされた。2009年に詳細が決定し、地図『バスマップはちのへ』が発行された。さらに、2010年4月1日のダイヤ改正時よりバスの方向幕への表示が開始された。2022年2月26日より Suicaと相互利用の地域連携ICカード「ハチカ[46]」を導入。すでに交通系ICカードを導入していたJRバス東北や東北新幹線に加え、市営バス・南部バスでも交通系ICカードが使えるようになった。ただし、在来線の八戸線・青い森鉄道線では使えないため注意が必要。なお、同市内を運行する十和田観光電鉄の路線バスでも利用可能だが、ハチカの交通ポイントや定期券の対象外となる。
- 南郷コミュニティ交通
- 笹ノ沢-八戸駅間「ささバス」実証運行[47]
八戸大野線
高速バス
関連施設
道路
高速道路
高速自動車国道
高規格幹線道路(一般国道自動車専用道路)
高速自動車国道に並行する一般国道自動車専用道路
- E4A 一般国道45号 百石道路(三環状線から分岐)
- (7) 八戸北IC - (上北郡おいらせ町)
一般国道
県道
主要地方道
一般県道
市道
- 八戸市道白銀沼館環状線(市道環状線)
- 八戸市道上組町湊線
- 八戸市道沼館三日町線
- 八戸市道大久喜港線
- 八戸市道厳島線
- 八戸市道南海岸五号線
- 八戸市道沢金浜線
- 八戸市道西金浜二号線
- 八戸市道大久喜線
- 八戸市道階上道線
- 八戸市道二号白浜道線
- 八戸市道白銀金吹沢道線
- 八戸市道白銀鮫線
- 八戸市道島守根子久保線
- 八戸市道十文字沢代線
- 八戸市道沢代西山線
- 八戸市道境ノ沢刈又線
- 八戸市道相畑古里線
- 八戸市道不習長代線
- 八戸市道不習楜桃沢線
- 八戸市道崎ノ木沢水吉線
- 八戸市道不習山田線
- 八戸市道島守根子久保線
- ほか
船舶
港湾
航路
海上保安部
- 八戸海上保安部(第二管区海上保安本部管轄)
空港
1965年から1975年までは三沢空港での民間機共用が米軍の保安上の理由に伴い、中止されていたことから海上自衛隊八戸航空基地が代替していた。
名所・旧跡・観光
史跡
考古

- 縄文遺跡、出土品は八戸市埋蔵文化財センター 是川縄文館で展示、出土品は国宝や国の重要文化財に指定。
- 長七谷地貝塚 〔市川町字長七谷地吹上〕国の史跡、縄文時代早期の貝塚および集落遺跡。
- 丹後平古墳群〔根城字丹後平〕古墳100基前後と推定、国の史跡。
中世
- 櫛引八幡宮〔八幡字八幡丁〕
- 本殿ほか:国の重要文化財
- 工芸品:国宝(赤糸威鎧兜、白糸威褄取鎧兜)、重要文化財(紫糸威肩白浅黄鎧兜、唐櫃入白糸威肩赤胴丸兜、兜浅黄威肩赤大袖二枚付)
- 根城(ねじょう)国の史跡
- 前述の八戸市博物館と隣接し、「史跡 根城の広場」として公開されている
近世
- 〔十日市天摩〕、〔南郷大字頃巻沢字長久保〕、〔南郷区市野沢字新田、中野字大久保〕、〔南郷大字大森字砂子崎、字林崎〕、慶長年間
- 長者山新羅神社 〔長者〕本殿、拝殿(県重宝)
- 清水寺 〔是川字中居〕観音堂は国の重要文化財 観音堂
- 大慈寺 〔松館、糠塚〕
- 南宗寺 〔長者〕山門(県重宝)
近代
文化展示施設
- 八戸市埋蔵文化財センター 是川縄文館〔是川〕
- 八戸市縄文学習館 是川考古館〔是川〕
- 八戸市水産科学館マリエント 〔鮫町字下松苗場〕
- 八戸市博物館 〔根城字東構〕登録博物館
- 八戸市美術館〔番町〕登録博物館
- 八戸市南郷歴史民俗資料館〔南郷区大字島守字小山田〕
- 八戸市立民俗史料収蔵庫(漁労用具関係)〔鮫町字大作平〕
- 櫛引八幡宮 国宝館
- 羽仁もと子記念館
- 洗心美術館
- 帆風美術館
- 八戸クラシックカーコレクション ツカハラミュージアム(冬季は休業)
観光拠点
- 八戸駅内うみねこプラザ(八戸市総合観光プラザ)
- 八戸ポータルミュージアムはっち〔三日町〕
- 八戸地域地場産業振興センター(ユートリー)
- 道の駅なんごう
- 山の楽校
公園・広場・運動施設
祭り・催事
- 八戸えんぶり(重要無形民俗文化財)(2月中旬)
- 八戸三社大祭(重要無形民俗文化財、ユネスコ無形文化遺産)(7月末 - 8月上旬)
- 八戸小唄流し踊り(7月中旬)
- 八戸七夕祭り(7月中旬)中心街と湊町の2か所で開催)
- 騎馬打毬(重要無形民俗文化財)
- はちのへホコテン 中心商店街 5月〜10月(7月を除く)の毎月1回
- 南郷サマージャズフェスティバル(7月下旬)
- うみねこマラソン(5月上旬)
スポット
朝市・飲食
- 館鼻岸壁朝市
- 八戸夕暮れ市、長者朝市、まつりんぐ朝市
- 八戸ニュータウン朝市、街&丘の朝市
- 陸奥湊駅前朝市
- 八食センター
- 八戸屋台村 みろく横丁
- 湊山手通り朝市
展望台
- 八戸市庁10階展望回廊
- グレットタワーみなと(館鼻公園展望台)
- 葦毛崎展望台(ホロンバイル、小舟渡)
- 鷹巣展望台
自然
- 蕪島〔鮫町字鮫〕
- 日本の音風景100選・ウミネコ繁殖地。国の天然記念物
環境省が選定した「快水浴場百選」に撰ばれた。
- 種差海岸(種差海岸インフォメーションセンター、芝亭)
路上
- 市庁前ロータリー
- ヒマラヤスギがクリスマスイルミネーションで彩られる。
スポーツチーム
サッカー
- ヴァンラーレ八戸 - 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)
スケート・アイスホッケー
「氷都八戸」の歴史は1947年(昭和22年)の第1回冬季国体から始まったとされている。以来、冬季国体は2009年のみちのく国体まで過去11回八戸で行われた。また、アイスホッケーは1932年(昭和7年)の第3回全日本アイスホッケー選手権大会から始まり過去4回八戸で開催。60年ぶりの八戸開催となった2007年(平成19年)の第74回全日本アイスホッケー選手権大会は各地で行われた。1948年(昭和23年)の第16回全日本アイスホッケー選手権大会(盛岡)では八戸ホワイトベアが優勝を飾った。アジアリーグアイスホッケーのH.C. TOCHIGI 日光アイスバックス、廃部になったSEIBUプリンスラビッツなどにはゆかりの選手も多い。
- 主なジュニアホッケーチーム
- 八戸ホワイトベアJr、八戸北Jr、八戸南Jr、八戸東Jr、八戸パイレーツJr
- 主なホッケー実業団
- 八戸ブルースターズ(旧八戸市庁)、八戸信用金庫、YSアイスホッケー(吉田産業)、小中野フェニックス
- 主なスケートリンク
- YSアリーナ八戸(八戸市長根スケートリンク)(長根運動公園内)、テクノルアイスパーク八戸(新井田インドアリンク)、フラットアリーナ
- 主なスケートリンク跡地
- フットサルアリーナ八戸(東アイスアリーナ)、田名部記念アリーナ(南部山アイスアリーナ)(南部山健康運動公園内)、GODOアイスパレス
出身有名人
あ行
- 愛(タレント、モデル、歌手)
- 亜衣雅(俳優〈宝塚歌劇団〉)
- 秋山皐二郎(第13 - 17代八戸市長)
- 浅坂武次(スピードスケート選手)
- 荒道好貴(元独立リーグ野球選手)
- 安藤麻貴(モデル)
- 池田修一(将棋棋士)
- 石橋春海(文筆家、ライター)
- 出雲八重子(女優)
- 市川笑也(歌舞伎役者)
- 伊調馨(アマチュアレスリング選手)
- 伊調千春(アマチュアレスリング選手)
- 伊庭晋太郎(漫画原作者)
- 岩岡徳兵衛(第9 - 11代八戸市長)
- 潮匡人(評論家)
- 内澤崇仁(音楽家、「androp」ボーカル・ギター)
- 内田俊宏(エコノミスト)
- 宇野常寛(評論家)
- 梅内恒夫(赤軍派)
- 梅内美華子(歌人)
- 上野みなみ(自転車競技選手)
- 上野由加里(青森放送アナウンサー)
- 大江戸よし々(声優)
- 大久保石松(競馬騎手・調教師)
- 大久保房松(競馬騎手・調教師)
- 大島理森(政治家、第76 - 77代衆議院議長)
- 大谷能生(音楽家、批評家)
- 小笠原健雄(フィギュアスケート選手)
- 小笠原嘉(元競輪選手)
- 小笠原牧子(フィギュアスケート選手)
- 小笠原義明(元競輪選手)
- 岡堀勉(元競輪選手)
- 小国英雄(映画監督・脚本家)
- 尾崎富士雄(プロボクサー)
- 小野ますのぶ(お笑い芸人、あどばるーん)
- 小原日登美(アマチュアレスリング選手)
か行
- 勝生真沙子(声優)
- 桂小文治(落語家)
- 門脇孝(東京大学教授)
- 上沢沙織(バレーボール選手)
- 上村貢聖(ニッポン放送元アナウンサー)
- 川端秀子(作家、川端康成の妻)
- 神田重雄(第2 - 4代八戸市長)
- 神田潤一[51](衆議院議員)
- 菊地陽子(アイドル歌手)
- 北城浩志(レコーディングエンジニア)
- 北向敏幸(NHKアナウンサー)
- 北村小松(劇作家、小説家、脚本家)
- 北山兼弘 (生態学者)
- 北山陽一(歌手、ゴスペラーズメンバー)
- 木村友祐(小説家)
- 木村洋二(社会学者)
- 京谷昭夫(元農林水産事務次官)
- 九月 (お笑い芸人)
- 久保百恵(八戸市議会議員、ローカルタレント)
- 熊谷雄一(八戸市長)
- 慶長佑香(声優)
- 呉勝浩(作家)
- 小井川潤次郎(民俗学者、郷土史家)
- 小泉公二 (NHK出版社長、テレビプロデューサー)
- 小島祐希(フリーアナウンサー)
- 小林眞(第22 - 25代八戸市長)
- ゴブリン(声優、ものまねタレント)
- 近藤喜衛(初代八戸市長)
- 近藤陽子(アイスホッケー選手)
さ行
た行
- 大成道喜悌(元大相撲力士)
- 田頭勉(作曲家)
- タカチャ(シンガーソングライター)
- 高橋英則(声優)
- 高橋みのる(現代玩具作家)
- 滝沢求(参議院議員)
- 武田真紀(元青森朝日放送アナウンサー)
- 田澤廉(陸上競技選手)
- 橘杏(モデル、タレント)
- 田中愛智朗(内閣府官僚)
- 田中義剛(タレント)
- 田名部匡省(政治家、アイスホッケー選手)
- 田名部匡代(参議院議員)
- 種市桃子(声優)
- 玉樹真一郎(ゲームプランナー)
- 田村岳斗(フィギュアスケート選手・指導者)
- 千葉紗子(声優)
- 寺下岩蔵(政治家)
- 出町嘉明(スピードスケート選手)
- 天摩由貴(ゴールボール選手)
- 十日市秀悦(タレント)
- 富岡喜平(自転車競技選手)
- 富田隆(オウム真理教信徒)
な行
は行
ま行
や行
ら行
ご当地アイドル
- シンデレラマジックEAST - 2017年結成
- pacchi - 2019年から八戸市内で活動
