三好重恭
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- 生い立ち: 大阪市出身。発明家の家庭に育つ。
- 修業時代: 同志社大学法学部を卒業後、デザインの道を志し桑沢デザイン研究所で学ぶ。
- デザイナー・企画者時代: マミヤ光機にて工業デザイナーとしてキャリアをスタート。在職中に毎日工業デザイン賞(三菱電機との共同作品)や日本写真機工業会賞を受賞した。
- マルマン時代: 株式会社マルマンに入社し、商品企画部門を創設。ライターのほか、テニスラケット、ゴルフ用品、時計、眼鏡フレームなど同社の多角化路線の責任者として多くの新規事業を立ち上げた。当時のマルマン社長・片山豊からも「これからは健康商品だ」との示唆を受けていたという[2]。
- 起業: ライターという「非健康商品」を長く担当していたことへのジレンマや、自身の健康への意識から、1984年、51歳で独立。アルマン株式会社を設立した[3]。
