三宅精一

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死没 (1982-07-10) 1982年7月10日(56歳没)[1][2]
岡山大学病院
著名な実績 点字ブロック考案
みやけ せいいち
三宅 精一
三宅精一
生誕 (1926-02-05) 1926年2月5日
日本の旗 日本岡山県倉敷市
死没 (1982-07-10) 1982年7月10日(56歳没)[1][2]
岡山大学病院
職業 経営者社会事業家
著名な実績 点字ブロック考案
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三宅 精一(みやけ せいいち、1926年大正15年〉2月5日 - 1982年昭和57年〉7月10日[1][2])は、日本社会事業家発明家である。

視覚障害者誘導用ブロック(点字ブロック)の考案者。財団法人安全交通試験研究センター初代理事長を務めた。

旅館業の傍らで自動車ナンバープレート融雪装置[3]などを開発していたが、白杖を使用する視覚障害者が車道横断時に危うい様子を目撃し、1963年頃から「視覚障害者の安全歩行」を開発課題とする。

飼育するセント・バーナードの出産を機に、中途視覚障害者である岩橋武夫の息子で日本ライトハウス理事長の岩橋英行と親交[4]する。

1965年に視覚障害者誘導用ブロック[3][注 1]を考案し、自宅に安全交通試験研究センターを設けて点字ブロックの普及に専念する。1967年3月18日岡山県立岡山盲学校近傍の国道2号[注 2]横断歩道に世界で初めて点字ブロックを敷設した[5]

1974年建設省道路局から「道路における盲人誘導システム」の研究協力を依頼され、10月1日に安全交通試験研究センターを財団法人とする。

1982年7月10日[1][2]慢性肝炎[3]で死去。56歳没

評価

2010年に、3月18日が点字ブロックの日[6][注 3]となる。

2019年3月18日に、Google Doodle[7]に収載される。

関連書籍

脚注

外部リンク

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