三宅輝
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1980年、岐阜県多治見市に生まれる。その後県立多治見北高等学校に進学し、青春時代を過ごす。 学生時代はサッカーに熱中していた。
1999年・有馬温泉、中の坊瑞苑を訪ねる。その際に振る舞われたまかない料理を食べて料理の世界に興味を持ち、料理人修行に入る。
2002年、師匠である大田忠道から21歳でホテル知夫の里の料理長に任命される。そして、つたやグランドホテル、つたや季の宿 風里、てんてん手毬、出雲神々縁結びの宿 紺家等の料理長を務め、2010年に摂津観光株式会社の総料理長に任命される。
数々の旅館のコンサルティングを務め、調理師学校の講師、ベターホームなどで料理指導をこなす。
三宅のチームは、「全国『天地の会』(あまつちのかい)」(大田忠道結成)の中でも「日本料理界の武道派軍団」とも称されたが、かつては実際に伝統的料理界から異端扱いされていたこともあったという。
2012年、日本料理の発展、調理師学校の講師、被災地へのボランティア活動などが認められ大阪府知事賞に推薦されるも、年齢が若すぎるため辞退する(調理師の府知事賞の受賞対象は35歳から)。
2013年、日本料理専門調理師の資格を取得。
2014年、数々行って来た活動を休止し、地元である多治見市に「うなぎ 日本料理 優月」を創立する。
2017年、国際陶磁器フェスティバル美濃'17のメインシェフとして参加する。また、同年、平成29年度 第1回世界の料理講座【日本料理】に講師として出演。[1]
2018年、台湾の老舗料理店 欣葉にて日本料理講座の講師をつとめる。
2019年、第30回技能グランプリにおいて敢闘賞を受賞する[2]
2019年、農林水産省より日本食普及の親善大使に任命される。[3]
2020年7月、株式会社みやけを設立。東京都港区六本木に「日本料理 三宅輝」を8月7日にオープン。[5]
2021年年4月、 兵庫県から「県内の卓越した技術者で、技能の伝承と後継者の育成に熱意があり、模範となる技術者」に与えられる「ひょうごの匠」に認定される。
2022年9月、今までの功績が認められ、庖匠師範会から庖匠師範の称号を受ける。
2025年、六本木に店を構える日本料理店で、ミシュランガイド東京2025で「セレクテッドレストランに選出
2025年3月、「鮨割烹3」オープン
2025年6月、日本調理師協会より会長表彰を受ける。
2025年11月 卓越した技能者の岐阜県知事表彰を受賞。「岐阜県の名工」
2026年4月 「MIYAKEAKIRA霧」オープン
TV出演
- 志村けんの激ウマ列島(テレビ朝日)[6]
- かんさい情報ネットten.(読売テレビ)[7][8]
- ぶっこみジャパニーズ(TBS)[9] (大田忠道の回に出演)