三所物
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三所物は、柄に付けられる目貫、鞘の小柄櫃に収める小柄、鞘の笄櫃に収める笄を組み合わせたものである[1][3]。文化遺産オンラインは、三所物を「目貫・小柄・笄で一組とする刀装具」と説明しており、東京国立博物館系データベースでも「三所物」は独立した種別として扱われている[1][4]。
これらは本来、刀装の構成要素であったが、近世には意匠を揃えた一具として制作され、刀装拵から分離して鑑賞されることもあった[2]。刀剣博物館は、小柄・笄・目貫を三所物と呼び、二種の金具を組とした二所物とともに、刀装拵から分離して鑑賞する風習が行われた結果、彫金技術の発達が進み、江戸美術の一特色となったと説明している[2]。
構成
目貫
目貫は、柄に取り付けられる一対の装飾金具である[3]。業平東下り図揃金具の解説では、目貫はもともと刀身の茎と柄を固定する釘の頭の装飾に由来すると説明されている[5]。三所物においては、小柄・笄と意匠を揃える中心的要素の一つである[1]。
小柄
小柄は、鞘の小柄櫃に収められる小刀の柄である[5]。三所物では、笄とともに鞘側の主要な刀装具を構成し、目貫と意匠を連関させて一組とされる[1][3]。東京国立博物館の作例では、文様の主題が三点に配分される例もみられ、たとえば「十二支図三所物」ではイノシシが笄に表されるなど、構成全体で図様が組み立てられている[1]。
笄
笄は、鞘の笄櫃に収められる細長い装具である[5]。業平東下り図揃金具の解説では、理髪具とされたことにも触れられている[5]。近世刀装では実用品としての面だけでなく装飾的価値が強まり、三所物の一要素として意匠統一の対象となった[1][2]。
二所物との関係
美術工芸品としての三所物
江戸時代には、刀装具は武具としての機能に加えて、彫金・色絵・高彫などの技巧を示す美術工芸品として重視された[2]。刀剣博物館は、近世以降、彫金加飾を施した刀装具に多様な技法が用いられ、江戸中期以降には多くの金工家が輩出して技を競ったと説明している[2]。
東京国立博物館・文化遺産オンラインの作例解説でも、三所物は単なる付属金具ではなく、素材・図様・出来栄えを味わう対象として扱われている。たとえば「十二支図三所物」は、金と赤銅を用いた格調の高さが指摘されており[1]、「獅子図三所物」は後藤家五代徳乗の作として紹介される[7]。このように三所物は、刀装具の意匠と金工技術を総合的に示す作例群として理解される[1][7]。
後藤家と三所物
三所物の展開を語るうえで、後藤家は重要である。東京国立博物館系データベースや文化遺産オンラインには、後藤延乗による「十二支図三所物」、後藤通乗による「蘭花図三所物」、後藤一乗による「草花に虫図三所物」、後藤徳乗による「獅子図三所物」など、後藤家の金工による三所物が複数確認できる[1][8][9][7]。メトロポリタン美術館にも、後藤宗乗や後藤光孝(延乗)ら後藤家の工人による mitokoromono が収蔵されている[10][11]。
また、徳川美術館所蔵の「丸木橋図三所物 無銘 祐乗」は、後藤祐乗の作と伝えられ、尾張家当主のもとで保管された御家名物として紹介されている[12]。後藤家の刀装具鑑定に関する研究では、近世の刀装具が真贋判定や価値付けの対象となっていたことが示されており、三所物もその重要な単位の一つであったとみられる[13]。
