三留まゆみ
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高校時代に『ファントム・オブ・パラダイス』を観て衝撃を受け、映画試写会と名画座めぐりを始める。8ミリで自主映画を撮っていたボーイフレンドと、今関あきよしが仲間と開いていた自主映画の上映会に行き、そこで今関と知り合った[1]。1979年、今関の監督デビュー作『ORANGING'79』に主演。以後、出演者として自主映画の世界にかかわる。また、自身でも作品を制作。
1983年から、ロリコン漫画誌『漫画ブリッコ』で早坂みけ名義で漫画を連載する(ペンネームは、当時、やはり『漫画ブリッコ』に連載をしていた早坂未紀のアシスタントをしていたことから)。あわせて、同誌に映画についてのイラスト・エッセイを発表する。
1980年代後半は少女漫画誌『ちゃお』のレギュラー執筆者として、三留まゆみ名義で『なにはTOMOあれ女の子』(原作:引田智子)などの作品を描いている。
その後は、雑誌『宝島』に映画についてのイラスト・エッセイを執筆し、映画評論家として広く知られるようになる。なお、初代担当編集者は町山智浩、2代目が柳下毅一郎だった。
選考委員
映画
著書
- 『いりおもてやまねこなんかこわくない』(早坂みけ名義(漫画) 白夜書房 1985年)
- 『三留まゆみの映画缶』(キネマ旬報社 1992年)
- 『ブライアン・デ・パルマ World is yours』(監修 洋泉社 2006年)