三笠野
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岡藩第10代藩主中川久貴が、奈良で売られていた燧焼(ひうちやき)に倣い作らせたものであると言われる。「三笠野」という名は、奈良の三笠山と春日野にちなんで久貴によって名付けられた[2]。
同じく竹田銘菓である「荒城の月」と詰め合わせで販売されることも多い[3]。
現在では、竹田市にある但馬屋老舗[3]が製造・販売しており、本店で実演を見学したり、焼きたてを食べることができる[4]とともに、新屋で「三笠野」づくりを体験して食べることができる[5]。
但馬屋老舗の「三笠野」の箱の文字は、初代と親交のあった江戸時代後期の南画家、田能村竹田の版木によるものである[6]
なお、竹田市の川口自由堂も「三笠野」を製造・販売する和菓子店だったが、原材料の高騰や後継者不在のため、2024年(令和6年)5月25日に閉店した[7][8]。