三葉忠継 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 戦国時代 - 安土桃山時代生誕 不明死没 不明改名 忠継→竹庵(号) 凡例三葉忠継時代 戦国時代 - 安土桃山時代生誕 不明死没 不明改名 忠継→竹庵(号)別名 久兼、忠豊、通称:千三郎、左近大夫氏族 島津薩州家→三葉氏父母 父:島津実久兄弟 菱刈重猛室、虎姫(祁答院良重室)、島津義虎、忠継、巽伯耆守室、小川氏室テンプレートを表示 三葉 忠継(みつば ただつぐ)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。 島津氏の分家・薩州家5代当主・島津実久の次男として誕生。後に三葉氏を興した。 甥である薩州家7代当主・忠辰が豊臣秀吉の怒りを買い文禄4年(1595年)に改易されると、忠継も連座して所領没収のうえ改易される。三葉氏は忠継の代のみで断絶した。 出典 『鹿児島県史 別巻』(鹿児島県 1943年) 稲葉行雄 『「さつま」歴史人名集』(高城書房出版 1991年)ISBN 4-924752-28-2 Related Articles