仏教においての修行する僧が所有することを許された、わずかな物のことを言う。これらは着る物と、食器として用いる鉢である[1]。
釈迦の時代は、比丘とは修行に専念べきとすることから、俗世間の煩悩を捨てると共に、所有欲も捨て去るために一切の所有を認めなかったが、修行に必要なため三衣一鉢の所有のみを認めていた[2]。
無所有を徹底させたジャイナ教とは異なり、仏教では虫や寒暑などを防ぐことと、恥部は覆うべきであるとされていたことから衣類は所有できるようになっていた。ここでの鉢は、食料というのは托鉢を行うことで入手することが前提であったために所有できるようになっていた。鉢は1つだけとしていたのは、量を抑えるためであった[3]。