三間町
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| みまちょう 三間町 | |||||
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| 廃止日 | 2005年8月1日 | ||||
| 廃止理由 |
新設合併 宇和島市、三間町、吉田町、津島町 → 宇和島市 | ||||
| 現在の自治体 | 宇和島市 | ||||
| 廃止時点のデータ | |||||
| 国 |
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| 地方 | 四国地方 | ||||
| 都道府県 | 愛媛県 | ||||
| 郡 | 北宇和郡 | ||||
| 市町村コード | 38482-8 | ||||
| 面積 | 56.91 km2 | ||||
| 総人口 |
6,544人 (2004年10月1日) | ||||
| 隣接自治体 | 西予市、宇和島市、北宇和郡吉田町・鬼北町 | ||||
| 町の木 | クスノキ | ||||
| 町の花 | コスモス | ||||
| 三間町役場 | |||||
| 所在地 |
〒798-1192 愛媛県北宇和郡大字宮野下835 | ||||
| 外部リンク | 三間町 | ||||
| 座標 | 北緯33度17分27秒 東経132度36分28秒 / 北緯33.29086度 東経132.60789度座標: 北緯33度17分27秒 東経132度36分28秒 / 北緯33.29086度 東経132.60789度 | ||||
| ウィキプロジェクト | |||||
位置・地形
- 三間町と、鬼北町(旧広見町、旧日吉村)に、松野町を加えた旧・北宇和郡の4か町村は「鬼北地域」(きほく-)と総称される。その中で三間町は最も西に位置し、宇和島市との接点の役割を果たしてきた。
- 三間町を貫く三間川は四万十川上流の一つで、三間盆地を形成する。流域は水田地帯で、かつては吉田藩の穀倉地帯であった。今日でも三間米の産地として知られている。宮野下(みやのした)が中心地で、かつては吉田藩の在町であり、今日でも、役場前にわずかに商店街を形成している。しかし、鉄道の開通などもあり、宇和島の商圏に飲み込まれてしまった。
- 川
町名の由来
「三間」という地名は『和名抄』にもみられるとおり、古くからあり、鬼北地域全体を指す地名であった。その昔には、美万、水沼、御馬などと表記され、それにちなむものといわれているが定かではない。一説には、任那(みまな)が転訛したものともいわれている。
歴史
- 藩政期には吉田藩に属した。
- 1954年(昭和29年) 10月10日 - 三間村(みまむら)、成妙村(なるたえむら)、二名村(ふたなむら)が合併し、三間町(みまちょう)となった。
- 2005年(平成17年)8月1日 - 宇和島市・三間町・吉田町・津島町の1市3町の新設合併で宇和島市となり、三間町は自治体としては消滅した。
三間町の系譜 (町村制実施以前の村) (明治期) (昭和の合併) (平成の合併) 町村制施行時 宮野下━━━━┓ 北増穂━━━━┫ 元宗 ━━━━┫ 増田 ━━━━┫ 土居中━━━━┫ 小沢川━━━━╋━━━三間村━━━━━━━━━━━┓ 川之内━━━━┫ ┃ 迫目 ━━━━┫ ┃ 務田 ━━━━┛ ┃ 曽根 ━━━━┓ ┃ 能寿寺━━━━┫ ┃ 是房 ━━━━┫ ┃ 成家 ━━━━╋━━━成妙村━━━━━━━━━━━┫昭和29年10月10日 大藤 ━━━━┫ ┃合併 則 ━━━━┫ ┣━三間町━━┳━━━┓ 黒井地━━━━┫ ┃ ┃ ┃ 戸雁 ━━━━┛ ┃ ┃ ┃ 中野中━━━━┓ ┃ ┃ ┃ 波岡 ━━━━┫ ┃ ┃ ┃ 田川 ━━━━┫ ┃ ┃ ┃ 金銅 ━━━━┫ ┃ ┃ ┃ 土居垣内━━━┫ ┃ ┃ ┃ 古藤田━━━━┫ ┃ ┃ ┃ 大内 ━━━━╋━━━二名村━━━━━━━━━━━┛ ┃ ┃平成17年8月1日 兼近 ━━━━┫ ┃ ┃合併(新設合併) 三間中間━━━┫ ┃ ┣━宇和島市 黒川 ━━━━┫ ┃ ┃ 音地 ━━━━┛ あ┃ ┃ 境界変更 ┃ 広見町大字是延 ┃ ┃ 宇和島市━━━━━┫ 吉田町━━━━━━┫ 津島町━━━━━━┛ あ - 昭和33年8月1日広見町大字是延を三間町へ境界変更 (注記)宇和島市等の平成の合併以前の系譜については、それぞれの市町の記事を参照のこと。

