三音英次 日本の歌手 (1939-2003) From Wikipedia, the free encyclopedia 三音 英次(みつね えいじ、1939年 - 2003年[1])は、昭和40年代に活躍した歌手、芸人。本名は泰英二。「三音英二」の表記も見られる。 来歴 大分県の出身、4歳で母、6歳で父が亡くなり叔父の元で生家したが叔父も亡くなり、仕事を求めて来阪し釜ヶ崎の住人になる。 1962年12月に新世界新花月に芸人(河内音頭をベースとした音頭取りという肩書、三味線:国府春子、太鼓:伊藤輝夫)として初舞台。1967年に吹き込んだ釜ヶ崎人情が60万枚のヒットとなる[1]。 その後廃業、タクシー運転手に転業したが速度違反を撮影された警察車両に放火し、服役、2003年にがんで死去[1]。 レコード 釜ヶ崎人情 お天道さん見ててんか 人生あばれ太鼓 根性一筋 男一文字 アンコ暮し どたんこ人生 出典 [1]asahi.com(朝日新聞社):もう天国とは歌えんねぇ - ニッポン人脈記 朝日新聞Digital Related Articles~TimelinesTop QsFact Checks