三首長の像
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| 製作年 | 2005年9月29日 |
|---|---|
| 種類 | 像 |
| 素材 | 銅 |
| 寸法 | 5.4 m (18 ft) |
| 所蔵 | ハボローネ |
| 座標: 南緯24度38分41秒 東経25度54分26秒 / 南緯24.64486度 東経25.90735度 |
ボツワナの首都ハボローネの中心部にある「三首長の像」(英語: Three Dikgosi Monument)は、ツワナ人の三部族バマングワト族、バクウェナ族、バングワケツェ(Bangwaketse)族それぞれの kgosi (首長の意)であったカーマ3世、シェベレ1世、バトエン1世の銅像である[1][2]。章典授与式やミス・コンテストのような催し物がこのモニュメントの前で行われている[3]。2007年1月から8月までに行われた調査によると、このモニュメントはハボローネを訪れた観光客が最もよく訪れた場所であった[4]。
それぞれの高さ5.4メートル(18フィート)、堂々たる外観の[5]ブロンズ製の銅像である[2]。モデルとなっている三人の人物はツワナ人の三部族バマングワト族、バクウェナ族、バングワケツェ(Bangwaketse)族それぞれの kgosi (首長の意)であったカーマ3世、シェベレ1世、バトエン1世である[1]。三人のdikgosi(kgosi の複数形)は1895年、大英帝国ロンドンにベチュワナランドを代表する外交使節として赴き、自分たちの国が南ローデシア(現在のジンバブエ)に編入されないよう、また、セシル・ローズのイギリス南アフリカ会社にベチュワナランドを支配させないよう、植民地大臣ジョセフ・チェンバレンおよび女王ヴィクトリアと交渉した[1][6]。彼らの願いが聞き入れられ、ベチュワナランドはイギリスの保護国となったため、隣接する白人の人種差別主義的植民地体制に組み入れられることなく将来の独立(1966年)につながった[1]。「三人の首長の像」はこうした彼らの1895年の訪英の功績をたたえる目的で建造が計画された[1]。
三首長の像の建造には総額 10.5 million ボツワナ・プラ(2017年のレートで1億2000万円弱)がかかり、内訳はデザイン費が 7.5 million プラ(同8000万円程度)、造形費が 3 million プラ(同3500万円程度)であった[5]。建造を実施したのは北朝鮮の国営企業万寿台海外開発会社である[5]。国連安全保障理事会が2017年に公表した年次報告書によると、北朝鮮はアフリカ諸国の銅像製作を請け負うことで年間数千万ドルの外貨を獲得している[7]。アフリカの銅像製作は2000年以降の北朝鮮の総輸出額の25%を占める[8]。