上侍塚古墳
From Wikipedia, the free encyclopedia
概要
栃木県北東部、那珂川右岸の段丘上に築造された大型前方後方墳である。江戸時代の元禄5年(1692年)の発掘調査のほか、2021年度(令和3年度)から発掘調査が実施されている。
墳形は前方後方形で、前方部を南方向に向ける。墳丘長は114メートルを測り、那須地方の前方後方墳6基のうちでは最大規模、栃木県の前方後方墳としては藤本観音山古墳(足利市)に次ぐ第2位の規模になる[1]。墳丘外表では葺石が認められる[2]。また墳丘周囲では、墳丘の北・西・南側で幅約20メートルの周溝が認められる。埋葬施設は後方部墳頂における粘土槨と見られる[2]。副葬品として、江戸時代の調査では銅鏡(捩文鏡か1)・管玉2・石釧1・鉄製品(鉄鏃18・甲冑片5・鉄器片1・鉄鉾身1・鎧板1・鎧片22・鉄刀片1)・土師器(高坏)が検出されている[2]。
築造時期は、古墳時代中期初頭の4世紀末葉頃と推定される[3]。下侍塚古墳とともに那須地方を代表する古墳の1つであるとともに、江戸時代の調査後には下侍塚古墳と合わせて墳丘保存のための松が植えられていることから、日本で最初の学術的発掘調査かつ調査後の文化財保護の点で考古学史上においても重要視される古墳である。
遺跡歴
墳丘
出土品
上侍塚北古墳
文化財
国の史跡
- 侍塚古墳 - 上侍塚古墳・下侍塚古墳を包括。1951年(昭和26年)6月9日指定[4]。
関連施設
- 大田原市なす風土記の丘湯津上資料館(大田原市湯津上)


