上安井古墳

From Wikipedia, the free encyclopedia

所在地 広島県安芸郡海田町東海田(字上安井)
位置 北緯34度22分48.55秒 東経132度33分33.25秒 / 北緯34.3801528度 東経132.5592361度 / 34.3801528; 132.5592361座標: 北緯34度22分48.55秒 東経132度33分33.25秒 / 北緯34.3801528度 東経132.5592361度 / 34.3801528; 132.5592361
形状 円墳
規模 13.5m×15m
上安井古墳

移築石室(海田町ふるさと館展示)
所在地 広島県安芸郡海田町東海田(字上安井)
位置 北緯34度22分48.55秒 東経132度33分33.25秒 / 北緯34.3801528度 東経132.5592361度 / 34.3801528; 132.5592361座標: 北緯34度22分48.55秒 東経132度33分33.25秒 / 北緯34.3801528度 東経132.5592361度 / 34.3801528; 132.5592361
形状 円墳
規模 13.5m×15m
埋葬施設 竪穴式石室1基
土坑3基
出土品 玉類・鉄製品・土師器
築造時期 古墳時代前期前半
史跡 なし
特記事項 墳丘は非現存
地図
上安井古墳の位置(広島県内)
上安井古墳
上安井古墳
テンプレートを表示
About OpenStreetMaps
Maps: terms of use
1.5 km
海田町
ふるさと館
.
上安井古墳跡
古墳の位置

上安井古墳(かみやすいこふん)は、広島県安芸郡海田町東海田にあった古墳。形状は円墳。現在では墳丘は失われている。

広島県南西部、瀬野川南岸において洞所山から北西に延びる丘陵尾根上(標高80メートル)に築造された古墳である[1]2000年平成12年)に東広島バイパス改築事業に伴う発掘調査が実施され、調査後に失われている[1]

墳形は不整形の円形で、東西13.5メートル・南北15メートルを測る[1]。墳丘後背では直線状の溝が認められる[1]。埋葬施設は竪穴式石室(竪穴式石槨)1基・土坑3基の計4基である。中心埋葬は墳丘中央部の竪穴式石室で、石室内からは玉類・鉄製品・土師器が出土している。土坑のうち1基は石室の西側に沿い、関係性の深さをうかがわせる。他の2基は墳丘斜面・墳丘外に位置し、そのうち墳丘斜面の1基からは須恵器が出土しており後世の埋葬とみられる。

築造時期は、古墳時代前期前半(布留I式前半)頃と推定され、土坑の1基は古墳時代後期の6世紀前半頃の埋葬と推定される[1]。瀬野川下流域から広島湾東岸域にかけて有力者の墓と推測され、太田川下流域の弘住3号墳・中小田1号墳などの前期古墳との関係が注目される[1]

海田町ふるさと館では、竪穴式石室が移築復元されている。

遺跡歴

埋葬施設

埋葬施設としては、竪穴式石室(竪穴式石槨)1基(埋葬施設1)・土坑3基(埋葬施設2-4)が構築されている。

竪穴式石室

竪穴式石室(埋葬施設1)は、中心埋葬で、墳丘中央部やや西寄りに位置する。石室主軸は北西-南東方向とする(北西頭位か)[1]

石室を納める墓坑は、隅丸方形の平面形で、長さ3.55メートル・幅1.8メートル・深さ0.85メートルを測る。墓坑の長側面は凹凸が顕著であり、石室構築時に石材に合わせて部分的に掘り込んだとみられる[1]

石室の石材は半花崗岩・黒雲母花崗岩の割石。石室規模は、内法で長さ2.7メートル・北側小口幅0.75メートル・中央幅0.80メートル・南側小口幅0.70メートル・深さ0.70メートルを測る。石室床面の中央には、長さ2.5メートル・北側小口幅0.46メートル・中央幅0.53メートル・南側小口幅0.37メートル・深さ0.11メートルの隅丸長方形の浅い掘り込みが認められ、木棺掘方とみられる。棺床部分には棺床土が認められるが、赤色顔料は認められていない。天井石は7枚で、上面を角礫で被覆する[1]

石室内からは、北小口の棺床土部分で土師器(壺・甕)が出土し、中央から北西寄りを中心に棺内から玉類(管玉・小玉)・鉄剣・鉇が、棺外から鉄鏃・鉄斧・鋤先・直刃鎌が出土している。広島県内では竪穴式石室内に土器を副葬した例は知られず、畿内で一般的に足位側に土器を副葬する儀礼が、県内で頭位側への副葬に変容した様子が指摘される[1]

土坑

埋葬施設2は、竪穴式石室の西側で石室に沿って位置する。主軸は北西-南東方向とする(北西頭位か)。土坑は長さ2.9メートル・北側小口幅1.2メートル・南側小口幅1.1メートル・深さ約0.8を測る。北西側に寄せて箱形木棺を納めたとみられ、木棺の推定規模は長さ2.5メートル・幅0.58メートルを測る。北西小口側では底面で赤色顔料を大量に含む土塊(枕か)が確認されている。また刀子が出土している[1]

埋葬施設3は、墳丘北西斜面に位置する。主軸は東北東-西南西方向とする(東頭位)。土坑は長さ3.78メートル・幅1.25メートル・深さ0.82メートルを測る。内部では木棺蓋のおさえか墓標石とみられる角礫が確認されている。内部には組合式木棺を納めたとみられ、東小口側で人骨(下顎骨)が、その他に玉類・刀子・須恵器が出土している。他の埋葬施設に後出する古墳時代後期の構築とみられる[1]

埋葬施設4は、墳丘外の北西斜面に位置する。主軸は北北東-南南西方向とする。土坑は長さ2.4メートル・北側小口幅0.82メートル・南側小口幅0.98メートルを測る。内部から鉇が出土している[1]

出土品

出土品
海田町ふるさと館展示。
埋葬施設1(竪穴式石室)出土
  • 玉類 - 管玉1、小玉1。
  • 鉄鏃 2
  • 鉄剣 1
  • 鉄斧 1
  • 鉇 1
  • 鋤先 1
  • 直刃鎌 1
  • 土師器 - 壺1、甕1。
埋葬施設2(土坑)出土
  • 刀子 1
埋葬施設3(土坑)出土
  • 玉類 - 管玉4、小玉46以上。
  • 刀子 1
  • 須恵器 - 坏蓋2、坏身1。
埋葬施設4(土坑)出土
  • 鉇 1

関連施設

  • 海田町ふるさと館(海田町畝) - 上安井古墳の移築石室・出土品を展示。

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI