上広瀬
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現在、上広瀬として残っているのは首都圏中央連絡自動車道狭山日高インターチェンジ周辺で、住居表示実施により、広瀬、広瀬台、広瀬東などに変更されている。
歴史
- 1889年(明治22年)[4]4月1日 - 町村制施行により、根岸村、上広瀬村、下広瀬村、笹井村が合併し高麗郡水富村が成立する。水富村の大字となる。
- 1896年(明治29年)[5]3月29日 - 高麗郡が入間郡と統合し入間郡となる。
- 1954年(昭和29年)7月1日 - 入間川町、入間村、堀兼村、奥富村、柏原村と合併し狭山市を新設する[6]。狭山市の大字となる。
- 2000年(平成12年)11月2日 - 地名地番整理実施により、上広瀬の一部からつつじ野1〜4番地が成立
- 2001年(平成13年)9月1日 - 住居表示を実施。一部から広瀬一、二丁目と三丁目の一部(1〜12、14〜38番地と8、14番地の一部)が成立[7][8]。
- 2003年(平成15年)9月1日 - 住居表示を実施。上広瀬、下広瀬の各一部から広瀬台一丁目(1〜37番地、31番地の一部)、二丁目(1〜6番地、7番地の一部)、三丁目の一部(1〜15番地)が成立[9]。
- 2008年(平成20年)9月1日 - 住居表示を実施。一部を広瀬台一丁目(31番地の一部、38〜66番地)、広瀬台二丁目(7番地の一部8〜17番地)、広瀬台三丁目(16〜39番地)、広瀬三丁目(13番地、8、14番地の一部)、広瀬東四丁目(41〜44番地)に編入[10][11]。
世帯数と人口
小・中学校の学区
交通
施設
- ひろせ台保育園
- 武蔵野短期大学付属幼稚園
- 上ノ原団地公園
- 日本電波工業 狭山事業所