上杉憲重 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 戦国時代 - 安土桃山時代生誕 1561年?死没 天正7年3月18日(1579年4月13日)?別名 三宝院 凡例上杉 憲重時代 戦国時代 - 安土桃山時代生誕 1561年?死没 天正7年3月18日(1579年4月13日)?別名 三宝院主君 上杉謙信氏族 山内上杉氏父母 父:上杉憲政兄弟 龍若丸、憲藤、憲重、憲景、柿崎憲家室養兄弟:政虎(謙信)、妙耕院(秋元景朝室、古幡良家娘)子 憲国テンプレートを表示 上杉 憲重(うえすぎ のりしげ)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武士。上杉憲政の三男。 上杉憲政が後北条氏の圧迫を受けて、越後国へ逃れた後に誕生。山内上杉氏の家督は義兄弟の上杉輝虎(謙信)が継いだので、憲重が継ぐことはできなかった。林泉寺で出家して、三宝院と称した。 上杉氏の後継者争い(御館の乱)では、父と共に上杉景虎側に回ったが、和解交渉の途上で上杉景勝方の武者に討たれたと云われる。 江戸時代初期に憲重実子の存在が確認できるので、憲重の子は助命されたと思われる。憲重自身も助命されたと伝える資料もある。 Related Articles