秋元景朝 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 戦国時代 - 安土桃山時代生誕 大永5年(1525年)死没 天正15年11月12日(1587年12月11日)改名 元景(初名)、景朝 凡例秋元景朝時代 戦国時代 - 安土桃山時代生誕 大永5年(1525年)死没 天正15年11月12日(1587年12月11日)改名 元景(初名)、景朝別名 行朝墓所 群馬県前橋市の元景寺主君 上杉憲賢氏族 秋元氏父母 秋元政朝妻 上杉憲政養女妙耕院子 長朝テンプレートを表示 秋元 景朝(あきもと かげとも)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。深谷上杉氏の家臣。 秋元氏は宇都宮氏の流れを汲むとされる。宇都宮頼綱の子・泰業が13世紀前半に上総国秋元荘を領して後に秋元氏を名乗った。 大永5年(1525年)、秋元政朝の子として誕生。 天文10年(1541年)、故あって秋元の地を去り、深谷上杉氏の上杉憲賢の家臣となって上野台と瀧瀬の2村を拝領した。後北条氏との戦いでは重臣として戦うが、主家が北条氏に降るとそれに従う。岡谷加賀守・井草左衛門・上原出羽守と共に、深谷上杉氏四天王と呼ばれた。 天正15年(1587年)、死去。子・長朝は後に譜代大名となった。 なお、熊野大神社を造営したと伝わるが、現在のものは江戸時代後期に改修された物である。 系譜 父:秋元政朝 母:不詳 室:妙耕院 - 上杉憲政養女、古幡良家娘 男子:秋元長朝(1546-1628) 関連項目 深谷上杉氏 Related Articles