鹿児島県出身。鹿児島市生まれ[1]。鹿児島県立鶴丸高等学校を経て、慶應義塾大学商学部卒業後、鹿児島銀行入行。
小中時代には水泳、高校時代は野球、大学在学時にはボクシング部に所属。また常務時代まで毎日、腕立て伏せと腹筋を300回こなすなどスポーツに勤しんできた[2]。
30歳代、3年間にわたった東京赴任時には、当時の頭取から「銀行にとって革新的なことを考えてくれ。」との特命の下、仕事に役立つ知見を得るため自腹で1000万円近くの交際費を費やした逸話を持つ[2][3]。
各支店長を歴任後、事務を統括する業務統括部長を務め、2004年取締役に選出される。常務在任時には人事、システム、審査を担当。またシステムは4年間管掌した[4]。
2010年頭取に就任する[5]。甲斐隆博肥後銀行頭取とは、福岡支店長時代から親交が深く、また慶大商学部の同窓生であることが今般の経営統合、九州FG設立の大きな誘因の一つとなったと報じられている[6][7]。
2019年6月、鹿銀代表取締役会長[8]、九州FG取締役に退く[9]。