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上村重信

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上村 重信[1](かみむら しげのぶ[2]、1918年〈大正7年〉9月24日[注 1] - 没年不明)は、日本の官吏。北海道土地開発公社副理事長兼専務理事[2][4]。

山形県米沢市元中馬口労町出身[1]。米沢市南部尋常小学校を卒業する[1]。1936年に山形県立米沢興譲館中学校を卒業する[3]。1945年に北海道帝国大学農学部農業経済学科を卒業する[1][3][5]。北海道の拓殖調査研究を嘱託される[1]。

北海道庁に入る[5]。開拓部に勤務する[3]。1951年に漁政課企画係長、1955年に同課企画調査係長[5]。1958年に資源課次長、1961年に同課長、同年に人事課長[5]。

1963年に網走支庁長[3][5]。1964年に道立総合経済研究所副所長[3][5]。1965年に北海道企画部次長[3][5]。1967年に道立総合経済研究所長[5]。1969年に北海道東京事務所長[3][5]。

1971年に北海道農地開拓部長[3]。1972年に北海道農地開発部長[3]。1973年4月に退職、同年5月に北海道土地開発公社専務理事[3]。1976年5月に北海道土地開発公社副理事長[3]。

米沢有為会札幌市支部興譲館館長、米沢有為会支部幹事長などをつとめる[1]。

人物

人柄

趣味は写真、園芸[1][5]。住所は北海道札幌市北区新川5条5丁目[2]。

中川一郎との関係

北海道庁で、中川一郎の上司だった[6]。終戦後間もない道開拓部で机を並べた[7]。中川一郎の妻・貞子は、上村の妻の妹である[6]。1959年ころのある日、中川一郎の父親の中川文蔵が突然道庁にやって来て「一郎が『開発庁の役人を辞めて、大野伴睦先生の元に行き、政治家を志す』と言っているので、止めてもらえないか」と言われた上村は「一郎君は一度決心したら変える人ではないので、信頼して、任せておくほかないでしょう」と答えたという[7]。

家族

上村家

著書

脚注

参考文献

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