上田幹藏
日本のスーパーセンテナリアン (1910-2022)
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人物
1910年、京都市に布地卸売商の一人息子として生まれる[1]。2、3歳頃に父がインフルエンザで亡くなり、大阪へ移り住んだ。
和歌山県庁の職員として[2]、財政課などに勤め、4人の子供に恵まれた。退職後は俳句や執筆に熱中し、90代の頃に上田森彦のペンネームで随筆を自費出版したこともある。2012年より奈良県奈良市内の介護老人保健施設「アンジェロ」に入居した[3]。
第二次世界大戦では海軍に徴用され、広島県呉市の呉海兵団に配属[4]。陸戦練兵場の山中で広島へ原子爆弾が投下された様子を目撃した。
2019年には、村田崇副知事の訪問を受けた[2]。その中で長寿の秘訣について「天気や気温によって、調子は変化する。同じ調子に保つことができたら3年も4年もこれからも人間は死なない」と語った[2][5]。
また、施設内では身体を動かすのが好きでリハビリやレクリエーションに積極的に取り組み[6]、歌を歌って過ごすことも多かったという[7]。
2022年9月9日に死去した。112歳121日没。
長寿記録
著書
いずれも「上田森彦」名義。
- 自由律俳句 裏町の雪月花(2001年6月、文芸社、ISBN 4835519396)
- 生き甲斐の日々(2003年2月、文芸社、ISBN 978-4835553443)