霞ヶ浦高時代は、2年秋の関東大会優勝で3年春のセンバツに出場。初戦で、天理高に敗れた。
1990年オフ、ドラフト外でヤクルトスワローズに入団。しかし、当時のヤクルトは捕手が充実しており目立った活躍はできず、1999年オフに自由契約となった。
2001年、ブルペン捕手としてオリックス・ブルーウェーブと契約した。
2005年、球団の合併により新規参入した東北楽天ゴールデンイーグルスに移り、2010年までブルペン捕手を務めた。ブルーウェーブのブルペンスタッフで楽天へ移籍したのは上野だけで、「新規球団で一からやってみたかった」と2005年のMSNのインタビューで答えている。
現在は元楽天の森田丈武が運営する「JOBU BASEBALL ACADEMY」の臨時バッテリーコーチを務める[1]。