上黒岩岩陰遺跡
From Wikipedia, the free encyclopedia
立地
遺跡概要

1961年に近在の中学生によって発見されて一躍有名になった遺跡である。発見以来1970年まで、5次にわたって発掘調査が実施された。その結果、第1層から第9層まで遺物包含層が確認され、縄文時代草創期から縄文時代後期までの1万年近くにわたって使用されてきた岩陰であったことが判明した。1962年(昭和37年)10月の調査で、とくに第4層からは縄文時代早期の埋葬人骨[1]。また、1962年(昭和37年)8月には日本考古学協会洞穴遺跡特別調査委員会(江坂輝弥等)による調査が行われ、第14層までの掘り下げ、第9層からは、縄文時代草創期の細隆起線文土器、有舌尖頭器、矢柄研磨器、削器、礫器、緑泥片岩製の礫石に線刻した岩版7個などが一括して出土している。
年代測定では6層が1万7000±300B.P.、11層が1万2165±600B.P.。
注目される遺物としては、(1) 投槍の刺さった腰骨や、(2) 女神像線刻礫がある[2]。(1) は、1969年に発見され、当時は縄文時代早期の男性の骨とされていたが、のちの報告書によれば、経産婦の腰骨で、生前かまたは死後まもなく刺突されたものであろうという。同様の傷が他にもあり、死後儀礼の可能性もあるという。(2) の「ヴィーナス像」とも称される女神像線刻礫は、鋭利な剥片石器を用いて女性像を礫に描いたとされるもので、信仰の対象だった可能性が指摘されている。この種の像が出土したのは日本では上黒岩岩陰遺跡が初めてであった。同じ土層からはおよそ1万4千5百年前の、発見当時としては世界最古級の土器片も出土した。
動物遺体ではニホンジカ・イノシシを主体にカモシカ、ニホンザル、アナグマ、タヌキ、ニホンオオカミ、オオヤマネコ、ニホンカワウソ、イタチ、ツキノワグマ、ウサギ、ムササビ、ネズミなど多様な種が出土しており、骨髄を利用した解体痕も見られる。家畜では埋葬事例とされるイヌ(縄文犬)の出土が特筆される。
また、遺跡からはカワニナが大量に出土しており、食用とする説のほか自然堆積や新しい年代のものが混入した可能性が考えられている。