下原刑場

From Wikipedia, the free encyclopedia

さいたま新都心、下原刑場跡地にある火の玉不動とお女郎地蔵。

下原刑場(しもはらけいじょう)は、現在の埼玉県さいたま市大宮区にあった刑場

江戸時代中山道大宮宿の南方に、罪人の処刑場として下原刑場を設置した。現在の吉敷町にあたり、現在のさいたま新都心駅の東側一帯に相当する。当時一面原野であった。下原刑場は、主に武蔵国の罪人の処刑が行われ、長谷川宣以に捕らわれた盗賊団の頭目・真刀徳次郎の一族郎党の処刑(1789年寛政元年)4月)も記録されている。大宮宿には罪人の親族が罪人と最後の別れを許された橋「涙(泪)橋」があり、説明板が設置されている[1][2]。同様の橋は千住の小塚原刑場、品川の鈴ヶ森刑場近辺にもある。

跡地

脚注

関連項目

Related Articles

Wikiwand AI