下道門継 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 平安時代初期 - 前期生誕 弘仁元年(810年)死没 貞観16年8月9日(874年9月23日)官位 外従五位下・権針博士 凡例下道門継時代 平安時代初期 - 前期生誕 弘仁元年(810年)死没 貞観16年8月9日(874年9月23日)官位 外従五位下・権針博士主君 清和天皇氏族 下道朝臣テンプレートを表示 下道 門継(しもつみち の かどつぐ)は、平安時代初期から前期にかけての官人・医師。姓は朝臣。官位は外従五位下・権針博士。 権針博士在職中の貞観11年(869年)外従五位下に叙せられる。その後、長く病んでいたが、臨終に際して剃髪して出家したという[1]。貞観16年(874年)8月9日卒去。享年65。最終官位は外従五位下行権針博士。 人物 至性があって、篤く仏教を信仰しており、常に袈裟を着用して法華経を唱えていた。路上で僧侶に出会った際には、必ず下馬して揖(笏を持ち上体をやや前に傾けてする礼)して、僧侶が通り過ぎるのを待ったという[1]。 官歴 『日本三代実録』による。 時期不詳:正六位上。権針博士 貞観11年(869年) 正月7日:外従五位下 貞観16年(874年) 8月9日:卒去(外従五位下行権針博士) 脚注 [脚注の使い方] 1 2 『日本三代実録』貞観16年8月9日 参考文献 武田祐吉、佐藤謙三訳『読み下し 日本三代実録 上巻』戎光祥出版、2009年 Related Articles