下駄スケート
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語法
- 「下駄スケート」は用具の名前であり、遊戯・競技としてのスケートを意味するものではない。したがって、「下駄スケートを履く」「下駄スケートでスケートをする」とは言うが、「下駄スケートをする」とは言わない。
- 一般的な造語法では、修飾する名詞が先におかれるため、「スケート下駄」や「下駄スケート靴」という方がスマートではあるが、発明者は感覚的に「下駄スケート」と命名したものと思われる。ただし、英語ではスケート靴のこともskate(通例は複数形)という。
エピソード

- 下駄スケートの発明者・河西準之助は、飾り職人として簪(かんざし)や鋏(はさみ)などをつくって生計を立てながら、紡績機(河西式)などの改良・発明に取り組んだ。また西日本を中心に旅して歩き、使い古しの古銭の寄付を募り、それを溶かして作ったといわれる大鳥居が、第二次大戦も免れて現在も諏訪に残っている。金物細工店「カネヤマ」創立(現、株式会社カネヤマ)。
- 諏訪湖畔の諏訪湖博物館の前には、「下駄スケート発祥の地」の石碑と下駄スケートを履いて滑る子どもたちの像がある。
- 諏訪大社下社の秋宮リンクで、下駄スケートのレプリカを借りることができる。
- 長野県佐久地域では戦前、戦後に下駄スケートが盛んだった。下駄スケートのことを「げろり」または「諏訪式」と呼び、スケートのことを「氷滑り」と言った。また、「かすげ」という下駄スケートもあった。これは、歯を抜いた下駄の下に鎹(かすがい)を打ちこんだもので、地元の鍛冶屋が製造した[1]。
- 仙台では大正から昭和の初めにかけて使用されていた[2]。
