不滅の法灯
From Wikipedia, the free encyclopedia
油断大敵
西暦788年(延暦7年)最澄が根本中堂の前身である一乗止観院を建立した際、本尊の薬師瑠璃光如来の宝前に灯明をかかげたのが始まりで[1][2]、一度も消えることなく輝き続けていると伝わっていることから、「不滅の法灯」と呼ばれる。
最澄の「明らけく後の 仏の御世までも 光りつたへよ法のともしび(仏の光であり、法華経の教えを表すこの光を、末法の世を乗り越えて弥勒如来がお出ましになるまで消えることなくこの比叡山でお守りし、すべての世の中を照らすように)」との願いを込めたと伝わる[要出典]。
菜種油を燃料にして灯芯が浸り、火が点るという原始的な構造の灯篭内で、現在も燃え続けている[1]。毎日、朝夕の2回、燃料の菜種油を絶やさないように僧侶が菜種油を注ぎ足し続けている。油を断つことは比叡山で学ぶ僧侶がいなくなることを意味しており[2]、これが「油断」の語源になったと言われている[2]。
