世田谷区東大生内ゲバ殺人事件
From Wikipedia, the free encyclopedia
1974年1月下旬、東京大学教養学部2年生のIとSは中核派に襲われる危険性を感じ、引っ越しをすることにした[1]。1974年1月24日午前、まず世田谷区代田三丁目のIのアパートを引き払って荷物を新居に運び、続いて高円寺のSの下宿を引き払う予定だった[1]。午前11時45分頃にアパート二階のIの部屋の片付けがほぼ終わり、Iは最後に残ったバッグを下ろしに階段を降り、入れ違いにSが部屋の掃除で二階の部屋に入った[1]。
その直後に約10人の中核派に襲われた。荷物運搬用のレンタルトラックの傍にいたTがまず襲撃され、同時に全力で走ってくる鉄パイプ様の棒を持った五、六人の男がIの視界に入った[2]。それをみたIは、階段の下から走ってブロック塀を乗り越えて臨家の庭に逃げ込み、身を隠した[2]。二階にいたSは逃げられず、中核派の襲撃を受けた。Tは顔面、頭部12か所に傷を受け、頭蓋骨が割れて粉々になる脳割創で即死。Sは頭蓋骨挫滅でほとんど即死した[3]。
Iは駆けつけた警察に保護された。Iは被害者だったので、警察の事情聴取のあと、その日のうちに警察によって親戚の家に送られた[4]。Iの引っ越しは、もう一人同級生のFも手伝いに来ていたが、トラックの荷台にいたFはすぐ逃げ無事だった[5]。