両角三郎
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父は会津藩士で禄100石を食み、祐筆を務めた[1]両角衛門。陸軍教導団を経て[2]陸軍士官学校を卒業(1期)、ちなみに 1890年(明治23年)7月29日の官報によると、陸軍士官学校第1期を歩兵科45番/103名で卒業している。日清戦争、日露戦争に従軍し、歩兵第60連隊長、近衛歩兵第4連隊長を経て、1916年(大正5年)8月少将へ昇進し、台湾第二守備隊司令官、歩兵第18旅団長を歴任した。1921年(大正10年)6月中将へ昇進と同時に待命となり、同年10月予備役編入となる。その後は、日本徴兵保険顧問を務めた[2]ほか、在郷軍人会審議委員を務めている。なお両角は旧会津藩所縁の高等武官で組織された稚松会の最後の会長であった[3]。